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Memo-log -ShortStory-

「ヴィン」
「どうした?」

 外は雨。
 もしかしたら雪に変わっているかもしれない。
 どちらにしろ、この部屋からではわからないのだけれど。

「……ううん、なんでもない」

 静かな部屋の中、沈黙を持て余して名前を呼んではみたものの、後に続く言葉が思い浮かばなくて、結局は首を振る。
 
「そうか?」

 少し不思議そうに見つめられたが、なんでもないのは本当のことだから、うん、と小さく頷くと広げた本に視線を落とした。
 部屋の中には再び紙を繰る音だけが残る。
 時折、様子を窺うかのように、ちらりちらりと彼に視線を向けるが、彼はこちらには気付かず手にした書類をめくっている。
 きっと忙しいのだろう。
 今こうして彼が共に部屋にいてくれることは彼の負担ではないだろうかとか、いつまでこうして一緒にいられるのだろうとか、些細なことから漠然としたことまで、様々な想いが寄切っていく。
 以前と何も変わってはいないはずなのに。

「ヴィン」
「なんだ?」
「あの……ううん」

 なんでもない。
 そう言おうとしてふと思いつく。

「あの、ね。これ」

 開いたままの本のページのある場所を指し、無理矢理に会話を続ける。
 意味などほとんどない、会話と呼べるかどうかもわからない、ただの言葉のやりとり。
 あっと言う間に話題はつきて、元の静かな時間に戻っていく。

 そしてまた、話すことなど思いつかないのに、それでも、また呼んでしまう。


「ね……ヴィン」

 こえをききたいだけ。

 ただ、それだけなのだけれど。
 何度も何度も名前を呼んでしまうのは、きっと。
 近くにいるような気がするからだ。

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