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ねこみみ。
Memo-log -ShortStory-
ジュノンへ来たのは久々だった。
ニブルヘイムでの任務の傍ら、時折別の任務に駆り出されることがある。今回もそのパターンで、屋敷にセフィロスを置いて来ているヴィンセントは後ろ髪を引かれる思いでジュノンへと赴いたのだった。
ミッドガルの建設が始まるまでは、このジュノンが世界の中心だった。中心をミッドガルに奪われまだそう長い年月は経っていない。かつて世界の中心であった面影が至る所に残っている。
大規模な軍施設があることもそうだし、ところ狭しと店のならぶ歓楽街やその華やかさとは対象的な裏世界と通じる店もそうだろう。そして大通りにならぶ煌びやかなショーウィンドウ。
生活に密着した品々を売るだけではなく、こうした大きな街には子供向けの玩具店や服飾店もたくさんある。
独身男性の常として、そういった子供用品の店などまったく興味のなかったヴィンセントだが、この数年、あの銀の子供と共に過ごすようになり、自然と子供向けの店舗へ視線を向けるようになっていた。
「まま!あれ買って!ねぇまま!!あれほしいーっ!!」
ショーウインドウ越しに眺めた子供服を扱っている店内で幼い少女が床に転がり、足をばたつかせて駄々をこねている。腕には商品なのだろう、白い布を抱えたままだった。
まったく見知らぬ子供とは言え、周囲を憚らず泣き叫ぶ少女を見ていると、自然とため息が零れる。
セフィロスならばあのような見苦しい駄々の捏ね方などしないのだが……
思わずそう考えていた自分に微苦笑が漏れる。
これではまるで、親馬鹿というやつだ。あの子は自分の子ではないのに。
こちらがもどかしくなるくらい些細で可愛らしい我が儘しか言わないセフィロスを思い出し、今度は甘い笑みを口の派に乗せながら、ヴィンセントは再び店内へと視線をやった。
先ほどまで床を転げ回っていた少女は身を起こしたようだが、今度は、彼女が欲しいと強請っているその商品を身につけ、買ってくれるまで脱がない!と主張を始めたらしい。
白っぽい色で、部分的に赤い飾りが入っている。あまり普段着としては見かけない形のそれは、どうやらローブのようなものらしい。
買ってくれるまで脱がないと主張する少女は片手でローブの前をかき合わせると、開いたもう片方の手でローブのフードをすっぽりかぶってしまう。
そのフードには、なぜか可愛らしいネコの耳を模した物が付いていた。
早々にその場から立ち去ろうとしていたヴィンセントだったが、少女の姿にそのまましばし足をとめてしまう。
可愛らしいローブを羽織った少女を見ていると、だんだんとセフィロスにも同じ格好をさせたくなったのだ。
店内に入るべきだろうか……きっと良い子で留守番をしているだろうから、ご褒美として買うのはどうだろう。いつも屋敷を空ける時には、何かしら手土産を持って帰っている。
しかし、果たしてこれを買って帰ったところでセフィロスは喜ぶのだろうか……。
ジュノンの表通りに面した玩具店の前、一人思い悩むスーツ姿の端正な容姿の青年を、行き交う人々は奇異と好奇の入り交じった目で眺めていくのであった。
翌日。
ニブルヘイムに帰り着いたヴィンセントが手にしていたのは、結局あのローブではなく、都会のジュノンでしか手に入らないような菓子の類だった。
人々の視線に気付くことなく延々と店の前で悩み続けた結果、本能ではなく理性に従うことにしたのだ。
しかしそれでもほんの少しの心残りを抱えながら、村の奥にある屋敷の扉に手をかける。
「ヴィン!おかえり!」
出迎えたのは、白いローブをすっぽりと頭から被ったセフィロス。
そのフードには、やはりなぜかネコの耳がついていて……
「せ、セフィロス?どう…したのだ、その格好は」
「あのね」
驚いて帰宅の挨拶もそこそこに疑問を投げかけると、セフィロスはくるりと背後を振り返る。そこにいたのは屋敷の通いのメイドだ。
「お帰りなさい、ヴァレンタインさん」
「あのね、もらったの」
「貰った?」
「ええ。私、妹がいるんですけれど、この間のお休みに衣類の整理をしていたら出てきて……似合うかしら、と思ったものですから」
「そう…か……」
やはり誰が見てもセフィロスに似合うと思うのか、自分は間違っていなかったらしい。
妙な確信を得たヴィンセントは、セフィロスを抱き上げると、可愛いよと言いながら、今日はフードで隠れて見えない額ではなく、頬にただいまのキスをした。