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Memo-log -ShortStory-

 苛々する。
 解ってはいるのだ。生物としての生育上、避けられないことであるのは、解っている。
 だが、欠けている部分があるなど、認めらない。
 不完全であるなど、許せない。
 あれはヒトを超えた存在なのだから。
 不完全な状態のあれを見るたびに、苛々する。

 日課となっている検査を行いながら、合間にやはり日課の問診を行う。
 必要最低限の返事しかしない取り澄ました表情は、文句のつけようもなく整っている。
 これの外見を、作り物めいた容貌だと評する輩は多い。
 何も解ってはいない愚か者共の愚かな評だ。
 これの唯一作り物でない部分が、外見だというのに。
 己の子を実験に差し出すと言い出したときは、やはり女である前に科学者かと、ある種感心もしたが、所詮はただの女だった。
 母などという存在は必要ないのだ。
 だから引き離した。
 結局のところは、予定通りだったのだから、大して腹立たしくは思わなかった。
 このように美しく産み落としたというだけで、あの女はそれなりに価値のある存在だったと言えよう。
 難点だったのは、あの女に執着していたタークスごときの男が、あれにも執着したことだ。
 だが、その男も排除した。
 あれは、男のことを覚えてはいない。
 すべては、完璧に進んでいる。

「睡眠は何時間取った?」
「6時間」

 出力したデータを挟んだボードに視線を落としたまま質問をすると、端的な答えが返ってくる。
 ごく短い言葉だったが、一瞬その口元に視線をやってしまった。
 苛々する。
 ろくじかん、とたった5文字のために開かれた口、Oの形を作る淡い紅色の唇、その隙間から覗く赤い舌先。
 すべてが寸分違わず完全なパーツを形成しているのに、白い歯が、1本足りない。
 #Eいや#8になるのだろうか。いずれにせよ、右上の中切歯だ。
 生え変わりの時期なのだ。
 だが、苛々する。
 これに欠けている部分があるなど、許されない。
 苛々する。
 ちらちらと見えるから不愉快なのだろうか。
 ならば、 

「口を開けろ」
 
 顎を取って、口を開かせる。
 間近で見たところで、足りないものはどうしたって足りない。
 不完全だ。
 ああ、やはり苛々する。
 
「ふん」

 口内を一通りチェックした後、手近に置いてあった器具の内から、抜歯鉗子を取り上げる。

「いずれ、他の歯も抜かねばならないだろうな……これを使う」

 一瞬、頬が引きつった。
 この1年、泣きも笑いも怒りも悲しみもしなかったくせに。
 
「くっくっくっ……」

 ああ、清々した。

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