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見えない距離
in the distance
「さっむーっ!」
聞き慣れた声に振り返ると、そこには予想通りの友人の姿がある。
「……遅かったな」
「悪い、結構待った?」
「いや……」
これお詫び、そう言いながらザックスがぽんと何かを放った。
慌てて受け取ったものは、熱い缶コーヒーだ。軍仕様のそれなりに分厚い手袋越しにでも熱が伝わってくる。
「いいのか?」
「だから待たせた詫びだって。俺から誘っといて待たせちまったんだし。…つーか、缶コーヒーくらいで遠慮されてもな」
苦笑しながらそういうザックスに、クラウドはサンキュと礼を言いプルトップに爪をかけた。
缶特有の、どこか鉄を思わせる味のするコーヒーだが、その熱さは素直に有り難いと思える。
「緊急ミーティングだったんだろ。仕方ないよ」
「まぁ仕事だしなぁ」
どちらかといえばあまり会議やデスクワークが好きではないザックスがぼやく。
片やソルジャークラス1st、片やしがない一般兵。
そういった立場の大きな隔たりを、普段は然程感じさせないザックスだが、ふとした時に感じることがある。この人は自分とは違うのだと。
もちろんそれはザックスの言動に非があるわけではなく、原因はクラウド自身の中にあるのだけれども、だが時としてとても遠い距離を思うことがあった。
「缶コーヒーってあんまりウマイもんじゃないなぁ…こんなモンだったっけか」
久しぶりに飲んだんだけどさ、コーヒーを飲み干しながらザックスが再びそんなふうにぼやいた。
「そういうの気にするんだな」
「どーゆー意味かな、クラウド」
「いや……」
「どーせ、俺は何でも食うし何でも飲むヤツだと思ってんだろ」
「……そういうわけじゃ」
ザックスが半分巫山戯ているのはわかるが、それでもクラウドは返答に詰まる。
そんなクラウドを楽しそうに見遣りながら、ザックスが何気なく続けた一言は、
「結構影響されるんだよな、一緒にいるヤツの嗜好ってゆーの?食べ物とかそういうのの好み」
……ああ、やっぱりこの人は、自分とは全然違う場所にいる人だ。
「それって……セフィロス?」
たっぷりした沈黙の後、そう短く聞いていた。
きっとあの英雄ならば、こんな一般人が頻繁に飲むような缶コーヒーなんか飲んだこともなくて、口にするのは薫り高い高級な豆から煎れたコーヒーなのだろう。
いつも行動を共にしているザックスだ。同じものを口することが多いのだろう。
それを当たり前のように語れるザックス。
そこはクラウドにとっては、とても、とても、遠い場所だ。
ザックスは先ほどの問いに何と答えたのだろう。
そうだと言った気もするし、ごまかされたような気もする。
遠すぎて、よく解らない。
「ああそうだクラウド、ついでにさ」
クラウドの名を呼ぶザックスの明るい声に、つい思考と嫌悪に沈みそうになっていた意識引き上げる。
「何?」
「こんなモンもあるんだけど。やるよ」
「……なんだ?」
今度渡されたものもまた缶だった。
それも二本。
「あれ?お前貰わなかった?本社のエントランスで配ってたんだけど」
「ジュース…か?」
「そんなもんだろな、たぶん。一応ポーションってことになってるらしいけど」
「は?」
軍から支給される回復アイテムがなぜ本社のエントランスで配られているのだろうか。
思わず間の抜けた声を上げてしまった。
「もちろん俺たちがミッション中に使ってるヤツとは違うって」
どうやらザックスの話では、この缶に入ったどう見てもジュースのポーションは、神羅カンパニーが軍用品とはまったく別に開発・製造した大衆向けの栄養ドリンク剤のようなものらしい。
その発売記念にエントランスで配っていたのを貰ったのだそうだ。
二本もあるのはきっとキャンペーンガールに押しつけられたからに違いない。女の子から気軽に声をかけられることの多いザックスらしい話である。
「ちなみにこっちがマスカット味。で、こっちがグレープフルーツだとか言ってたな」
さらにザックスが解説を付け加えた。
それではどう考えたってジュースと変わりがないではないか。
呆れかえったクラウドに、さらにザックスはとんでもないことを言い出した。
「んでさ。混ぜてもウマイんだと」
「はあ?」
「って、配ってたおねーちゃんが言ってたんだよ」
「……本気か?」
「だから両方お前にやるからさ。試してみたら?」
感想後で聞かせろよ?
ニッカリと笑いながらザックスが言った。
悪ガキそのものの笑顔に、先ほど感じた遠すぎる距離感は跡形もなく消えていることを自覚する。
友人でいていいのだ。隣にいていいのだ。
そう思わせてくれる笑顔。
「……アンタが自分で試せばいいだろう!?」
冬の寒空の下、クラウドのどこか悲鳴じみた叫び声が響いた。