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Mistakable Hero

 このような妙な時間に、ここを通りかかったのは偶然だった。
 軍所属のクラウドにはあまり縁がない、カンパニーの定時退社時刻を少し過ぎた頃。定時退社の社員たちは既に帰途につき、残業組が退社するにはまだ早い、そんな時刻のエントランスはぽっかりと出来た空洞のように人通りがない。
 
 エレベータを待っているその人もまた、偶然にこの時間にこの場所を通りかかったのだろう。
 その人が彼であることには、遠目からでも気づいていた。
 様々な意味で目立つ人だ。
 例えば、クラウドからすると見上げるほどの長身だとか、さらさらと流れる絹のような銀髪だとか、長身の彼の身の丈よりもさらに長い刀だとか、そういった外見の特徴はもちろん、それらに加え、憧れの英雄だと思うクラウド自身の内面にも、彼を瞬時に認識出来る理由は存在している。

 クラウドにとっては雲上の人にも等しい彼と親しいザックスによると、彼は地方へミッションに出ていたはずだ。
 ちょうど帰投したところなのかもしれない。自身のオフィスへか、もしくは統括への報告に行くのだろう。
 チン!と小さな音がして、エレベータが到着した。
 すっとドアが開き、彼が乗り込む。あと数分早ければ同じエレベータに乗れたに違いない。ともすれば早足になるのを自覚しながら、クラウドは努めて常の歩調を意識しながらエレベータホールへと歩いた。わざわざ走り彼を待たせた上に、ふたりきりでわずかな時間を密室で過ごすなど、とても勇気が出なかったのだ。
 しかし、なかなかドアが閉まる気配がない。
 まさか、クラウドがそちらへ向かっていることに気づき、待ってくれているのだろうか。

「お……お疲れさまです、サー・セフィロス」
 結局、クラウドがゲートへとたどり着いてもまだエレベータとかごの中にいる彼は、その場にいた。
 待たせてしまったことを謝罪すべきかとも思ったが、彼がクラウドを待っていたという確証はない。自意識過剰なのもどうかと思ったクラウドは、結局彼に向き直り敬礼をするに止めた。
「ああ……」
 軽く肯き返事をした彼は、手にしているカードをエレベータ内にあるセンサーにかざし、緩く首を傾げた。
 本社ビルは低層階の一部は一般市民に解放されているが、それ以外の社員のみが入れるオフィスエリアで降りるためには、IDカードを認識させなけれなならない造りになっている。
「……?」
 彼が再びカードを押しつける。
 カードを読みとる気配も、扉が閉まる気配もない。
 彼は手にしていたカードをまじまじと見つめ、また首をひねった。
 その彼の視線につられて、クラウドも彼の手中のカードを見つめる。
 黒いカード。

「……あの」

 思わず声をかけてしまったが、これを口にすべきか数瞬迷った。
「なんだ?」
 彼がクラウドを見下ろして返事をした。
 クラウドは小さくため息をついて、少し大きく息を吸った。とにかこれを言うのはかなり気まずい。
 だが、このままにもしておけないことも確かだった。

「それ……IDじゃない……と」
思います、そう言い終えるより前に、彼の表情に思わず言葉を失った。
 彼はきょとんとした顔をして、自身の手にあるカードを見つめている。
「ああ、そうか」
 そう一人ごちながら、彼はごそごそとコートのポケットに手を突っ込んだ。そして、カードを一枚取り出した。

 ぴっ!

 小さな電子音が人気のないエレベータホールに響き、音もなく扉がしまった。
 狭いゲージ、他には誰も人はいなくて、だから、
「また、まちがえた……」
小さく彼が呟く声はしっかりとクラウドの耳に届いていた。

 またってなんだ?そもそもカードを間違えるなんて、そんなことこの人がするのか?
 そんな疑問がぐるぐると頭の中を巡っている。
 ザックスがたまに彼のしでかした失敗談を聞かせてくれるが、あれはザックスの作り話であって、真実だとはまったく思っていなかった。英雄である彼がそんなことをするわけがない、と。
 ああ、そうか、きっと今日の彼は疲れていたのだ。ミッションから帰ってきたばかりなのだから。
 急に納得のいく答えが見つかって、安堵する。と、同時にエレベータがすっと止まる。

「あの、お…お疲れ様でした!失礼します」

 統括のところへ報告に行くらしい彼はまだエレベータを降りない。ソルジャーフロアに行くクラウドはエレベータを降りながら、扉が閉まるまで、頭を下げる。
 扉が閉まった気配を感じて顔を上げると、すぐさま携帯端末を取り出した。
 彼がどうやら疲れているらしいことを、ザックスに教えてやれねばならない。  

 状況を説明したクラウドの話を、あいつまたやらかしたのか!とザックスが盛大に笑い飛ばしたのは、それから間もなくのことである。

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