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fake it

 ほんの一瞬、商店に並べられた品に気を取られている間に、面白い状況が出来上がりつつあった。

「なんだ、貴様らは」

 少し離れた場所から聞こえてくる低い声は、先ほどまでクラウドの隣を歩いていたはずのヴィンセントのものだ。
 相手は見知らぬ他人。そもそもこのように品のない友人などクラウドにはいないし、おそらくヴィンセントにもいないだろう。

「ああ?おいおい兄さん、まさか俺の名前を知らないってんじゃないだろうなぁ、ええ?」
「興味はないな」

 知らない相手の名前が解らないからと言って責められなければならない理由はないよな、と出来上がりつつある人の輪の中でクラウドは思う。
 思わずだったのだろう、ヴィンセントの口をついて出た言葉は、自分の口癖だ。
 しかしその言葉は今のヴィンセントの心からの本音に違いない。

「はあ、そうかい。おい!お前ら、やっちまえ!」

 いかにもと言った風情のゴロツキは、なんの工夫もないありきたりな台詞で仲間を呼び寄せると、あまり身形のよろしくはない図体ばかりが大きな男たちが七、八人ぞろぞろと登場する。
 かくして、ヴィンセントは、見知らぬ品も礼儀もないゴロツキたちに囲まれた。
 もっともその前に逃げようと思えば充分にこの場を去ることも出来たはずだが、いくらなんでも街中であまり人間離れした行動は避けたのだろう。助走もなく商店の屋根へと逃れるなど、目立つことこの上ない。

「覚悟しろよ、ああ?」
「へぇぇ、よーく見たらお綺麗なツラしてやがる、なぁおい」
「二度と見れないような顔んなっちまったらゴメンなぁ?」
「そんな目立つマントなんかしてっからだぜ」
「だよなぁ、洒落てるつもりか、それ」

 ゴロツキたちは、次々と意味のない言葉を吐き出していく。
 確かに、顔は文句なしに良いからな、とクラウドは心の中でそこにだけは同意した。しかし、その芸術品並の彼の美貌がゴロツキたちによって損なわれることなどありえない。従ってそこ以外には同意しかねるクラウドだった。
 なんにせよ、この程度の相手ならば手を貸す必要もないだろう。そう思い、いや仮にこれがゴロツキでなくモンスターであっても助太刀なんか必要ないよな、と思いなおす。
 自分と一緒の時は常にサポートに徹する彼が、表立って戦うのはとても珍しい。それも得意の銃は抜き難い状況だ、ここは街のど真ん中な上に野次馬も多い。
 面白いものが見れるかもしれない。

「おおお!」
「ああ?」
「ぐはっ!」
「がっ…」

 瞬く間に三人。
 最初に飛び出してきた男を、ヴィンセントは長い足を回し、蹴り飛ばす。文字通り男は吹っ飛ばされ、続いて飛び出して来ていた仲間の男を巻き込む。その間に背後から近づいてきていた男の腹へ肘を入れると、身体を折るようにした男をそのまま足払いを掛け地面へと転がす。

「きっさまぁ!」

 一人対複数という、圧倒的に有利だったはずの仲間たちが為す術もなく沈められていく様に焦ったのだろう、残る五人の男たちは次々と武器を取り出した。
 大型のナイフ、そして拳銃。
 まさかこいつら、こんなところで、ぶっ放す気か?
 人混みをさりげなく掻き分け、クラウドは人の輪の最前列へと出た。
 彼と同様の懸念を覚えたのだろう、ヴィンセントがほんの少し紅い眼を細め眉を顰めるのがよく見える。

「うおおおあああ!」

 奇声とも取れるような大声をあげ、ナイフを振りかざした男がヴィンセントへ襲いかかる。だが逆上して大振りの隙だらけの男だ、ヴィンセントは落ち着いて男の手首を捻り上げた。同時に別の男の喉元を右足で蹴り上げる。捻り上げ居ていた男がナイフを取り落とす。刃物が地面へと落ちる前に受け止め、そのまま飛び掛ってきた別の男の足を狙う。
 やや離れた場所にいた男が、ついに銃を構えた。
 ヴィンセントは狙いを定められる前に男へ走り寄り、足を払う。地面に倒れた男はそれでも銃を手放さない。しかし、その男が狙いをつけるより早く、彼は自身の銃をホルスターから抜き、地面へ男の手を縫いつけるように弾丸を発射する。

「もらったあああ!」

 銃を構えた男を止める間に、残った二人の男がヴィンセントの左右に回り込んでいた。
 男たちは同時にヴィンセントへと飛び掛る。
 大型のナイフを振り下ろす。

「ヴィンセント!」

 クラウドは相棒の名前を呼ぶ。
 直前、複数身につけている剣の中から一番小振りなものを彼に向かって放る。
 ちらりと紅い眼がクラウドの姿を捉え、一瞬、小さな笑みが浮かぶ。微かに口元も動いていた気がした。おそらく、「すまない」とでも言ったのだろう。
 刹那の笑顔が消えると同時に、ヴィンセントの左手の中にクラウドの剣が納まる。

 勝負は、あっという間に決した。

「馬鹿だね、アンタたち。喧嘩売る相手間違えたな」
「う…るせ…ぇ」

 ヴィンセントが倒したゴロツキ共を見下ろし、クラウドは同情をその顔に浮かべる。

「どうする、こいつら」
「さあな、警邏隊にでも引き渡すのがよかろう」

「ちょっと待てよ、兄さんよお」

 ゴロツキ達の処遇を検討していたクラウドとヴィンセントの背に、またしても品のない濁声がかかる。
 うんざりしながら振り向くと、足元に転がるゴロツキたちよりは幾分格が上と見える格好の男がいた。
 少女とも女性とも、どちらとも言える妙齢の女を引きずるようにしている。

「おとなしくしてもらおうか。この姉ちゃんがどうなってもしらねぇぞ?ええ?」
「離して……っ!」
「なんなんだかな……あ」

 やれやれと眺めやった男と、人質なのだろう若い女の顔に、クラウドは小さな驚きの声を上げた。過日の記憶を掘り起こす。

「ああ?なんだ今日は赤マントはお前じゃなかったのか……まぁいい」

 そんなクラウドをじろりと見据え、男が言う。そしてその男の台詞に、ヴィンセントが怪訝な顔をした。

「そういうことか……本当にあいつら、相手を間違えたんだな」
「どういう意味だ?」
「ええと……」
「ごちゃごちゃ何をしている。金髪のお前、この間のカリを返してやる、ツラをかすんだ」
「仕方ないな……」

 説明は後でな、ひらりとヴィンセントに手を振り、クラウドは男へと近づいていく。
 男は、捕らえていた女を乱暴に突き飛ばし、クラウドへ飛び掛ろうとした。
 直後、男は、クラウドによって、地面へねじ伏せられていた。

「この間、モンスター退治した後、そのままここに寄っただろ」

 最後に登場した男も縛り上げ、先発隊のゴロツキ共と一緒に転がす。
 今度こそ男達をじっくりと見下ろすと、クラウドはヴィンセントへと説明を始めた。

「ああ…山でドラゴンを退じた時の話か?」
「そう。それで確か俺、返り血浴びてたから街に入る前に…」

 到底人通りを歩く格好ではなかったクラウドに、ヴィンセントはマントを貸した。身に纏ってしまえば服の汚れはさほど目立たない。
 それでも、店へ入ることは躊躇われ、モンスター退治の報酬をヴィンセントが受け取っている間、目立たない路地でクラウドは彼を待っていたのだ。
 そこに、少女を無理やり連れ込もうとしたのが、先ほど最後にやはり女を引きずり現れた男だった。もう一人男がいたのだが、よくゴロツキ共を眺めてみると、その顔もあった。
 結局のところ、抵抗する少女の知り合いの振りをしてクラウドが声をかけたことで、少女は逃げ出し事なきをえた。
 それを逆恨みしての今回の騒動だったようだが……。

「暗かったから俺の顔まではきちんと覚えてなかったんだろう。マントを着て歩いているやつなんてあまりいないからな。たまたま今日、アンタを見かけて俺と間違えたんだよ」

 クラウドはそう結論づけた。
 ゴロツキ達は、自分達の勘違いに気付きがっくりと肩を落としている。
 そしてこの騒動に巻き込まれただけの形となったヴィンセントはいつもの無表情はどこへ行ったのか、あからさまに呆れたという顔をしていた。

「復讐する相手の背格好くらい把握しておいてもらいたいものだが」
「どういう意味だよ、それ」
「いや……」

「あの…警邏隊の方、到着しました」

 そこに控えめに声をかけてきたのは、先ほど男に捕らえられていた若い女だった。
 彼女の背後には警邏隊員の姿があった。
 簡単に事情を聞いた隊員にヴィンセントが尋ねた。

「ところで…この男、僅かだが賞金がかかっているようだが」
「本当か?」
 クラウドも興味を惹かれたように声を上げる。
「ええ、ですから詰め所のほうまでお越しいただければと思うのですが……」

 詰め所へと向かいながらクラウドはヴィンセントへ問う。
「人間の賞金首はターゲット外だったんだけどな。アンタよく知ってたな」
「偶然だ」
 写真にしろ、実物にしろ、一度眼にした顔は記憶に残る。タークス時代に培った能力の一つだった。
「モンスター退治、されてるんですか?さっきドラゴンとかって……」
 書類の作成があるとかで、同じく詰め所へ向かっていた若い女が二人へ尋ねる。
「ああ、まぁ」
 クラウドが曖昧に頷くと、もしかして、と彼女は続ける。
「お山にいた、凶悪なドラゴン、退治されたって聞いたんですけど、それって貴方達が?」
「一応」
 その答えに、警邏隊員たちに取り囲まれ連行されていたゴロツキたちの背が一層小さくなる。
 まさか、こんな女顔とも言える綺麗なだけの男二人がそこまでの実力者だったとは……結局のところ相手を間違えていなかったとしても、彼らの運命はそう今と変わりはなかったことだろう。
 すごい!と歓声を上げる女と溜め息しか出てこない男たちを眺めやり、クラウドは隣を歩く紅い眼の相棒に話かける。

「嬉しい誤算の収入だな。どうする?」
「そうだな……」

長い長い人生、このところの彼らは風まかせ気分まかせの旅をしている。
凪のように平和な時もあれば、突風が吹き込むこともある。
こうして、彼らの旅は続いていくのだ。

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