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分かれ道
crossroads
「あら……いらっしゃい」
久しぶりね、と少し咎めるような、だが言葉の裏に心配してたんだからという気遣いの滲む声音に、ほんの少し申し訳なく思う。
「偶然、通りかかったついでだ」
「はいはい、解ってるわ。ヴィンセントはいっつもそう言うんだから」
そう微笑むティファの笑顔に、無沙汰をしていたつもりのまったく無かったヴィンセントだが、こうして彼女と会うのは久々だということを認めざるをえなかった。とうの昔に、彼自身の時は止まってしまったが、しかし確実に、時間は流れているのだ。
出会ったばかりの頃の彼女は、丈の短いスカートで長い手足を武器に果敢に戦う、まだあどけなさの残る少女だった。彼女にとっては少女時代との決別とも言える旅が終わり、少女というより女性と呼ぶに相応しくなった彼女は再び店を持ち、家族を持った。自らの子を産むことはなかったけれど、マリンとデンゼルを育て、やがて母親の顔を持つようもなった。出会った頃の若さはもう失われてしまったけれど、年相応に様々な想いを重ねてきた彼女は今でもとても美しく、やはり変わらず眩しくヴィンセントには見える。
「せっかく来てくれたんだけど。ごめんね、クラウドもういないの」
「もう、いない?」
言われたことの意味が分からなくて、鸚鵡返しにしてしまう。出かけていて不在、という意味でないことだけはすぐに解った。
「うん。もう、此処には帰ってこないの」
「それは、どういう……」
彼らの事情に首を突っ込むつもりはなかったけれど、でも彼らの間にどんな紆余曲折があったのかも、その結果として此処でささやかながらも幸せに暮らしていたことも知っている。まだ少女だった彼女が抱く想いの大きさを危惧したことさえあった。
何があったと話を促したその時、店の扉が開く音が聞こえた。
入り口をふりかえると、少年と少女の姿がある。
「ただいまティファ」
「おかえりなさい」
「あ、ヴィンセント!久しぶり!」
嬉しそうに駆け寄ってきた少女と、手にした荷物をカウンターへ置く少年を見て、ヴィンセントは唐突に事情を悟る。
子供の成長はあっという間だ。幼いとばかり思っていた少女は、年頃の娘へと成長し、少年もまた精悍さを身につけつつある。
出会った頃のクラウドは21歳。それまでの経緯を考えれば、10代後半で時を止められたとも考えられる。おそらく、今のデンゼルと並べば、さほど外見の年齢に差はないだろう。
「二人とも、先に着替えてらっしゃい、ちゃんと手も洗って」
ティファが促すと、少年と少女は店の奥へと消え、ぱたぱたと二階へ上がって行く軽い足音が聞こえた。
「そういう、こと」
思わずティファを見つめてしまったヴィンセントに、苦笑混じりにティファは言う。
「何もかも置いていっちゃったのよ、クラウドったら。持って行ったのはバイクだけ」
「それで……お前は良いのか?」
ほんの少し困ったように、ティファは首を傾げる。
「今、どこにいるんだろうね。あちこち動き回ってる気がする」
「ティファ」
「ね、もし何処かで会ったら、たまには連絡してって伝えて」
「……」
「待ってるわけじゃないの。待ってても仕方ないって解ってるもの。ううん、ほんとはね、最初から解ってたんだと思う。永遠なんて無いんだって」
もはや、自分に向かって語っているわけではないのだろう。それが解るからヴィンセントは黙って彼女の言葉に耳を傾ける。
「それでも幸せだった。今でも幸せよ。一緒にいたこと、後悔はしてない。だから」
一気に言葉を続けていたティファは、そこで一旦、言葉を切り、ヴィンセントを見つめる。
「貴方がいてくれて良かった。クラウドがひとりじゃなくて、ひとりにならなくて良かった」
「ティファ、私は」
「ごめんなさい、酷いこと言ってるよね、私」
「いや」
掛けるべき言葉は、見つからなかった。
店を出ると、陽の落ちかけている時間だった。
これから彼女は店を開けるのだろう。また寄ってね、と笑った彼女に、近くまで来ることがあればと答え、店を後にした。
「何をしている」
1ブロック程歩いたところで、見慣れた姿を見つけた。フードを目深に被っていたが、ほんの少し金髪が覗いている。
「顔を出せばいいだろう」
「いや、良いんだ」
「彼女もたまには連絡をと言っていた」
クラウドは無言で首を振ると、ティファの店とは反対方向へと歩いて行く。
後を追うように数歩後ろをついて行くと、ぽつりとクラウドが言葉を漏らす。
「あんたの言ってたこと、ずっと解らないと思ってた」
「私の言っていたこと?」
「彼女が幸せだったら……ってやつ」
「ああ……」
「ほんの少し、解ると思う、今なら」
「そうか」
その選択が招いた結果は、クラウドも知っているはずだった。
たくさんの偶然が重なったとはいえ、それでもすべての始まりは、あの選択だったとヴィンセントは今でも思う。
ある意味では、あの時の選択がもたらした結果が、今もなお続いているのだ。
あのとき彼女を止めていれば。
そっと目を伏せると、止まることなく夕暮れに染まる道を、ただ歩き続けた。
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