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On the night of a blackout

 ガタガタとうるさく音を立てるガラス窓の向こうでは、風が吹き荒れている。
 残暑の厳しい初秋ならともかくもうすぐ冬になろうかという秋の暮れ、季節外れの嵐のようだ。
 本日の任務を終え、自室で読書に励んでいたヴィンセントは、読んでいた本をデスクに伏せる。どうにも集中できない。喧しい風の音のせいだろうとは思うのだが、それとは別の…第六感とも言うのだろうか、何かが引っ掛かる。
 やはり風雨のせいだろうかと部屋の高窓へと視線を移そうとしたその瞬間、ふっと部屋の照明が落ちた。
 次の瞬間、ヴィンセントは音もなく立ち上がり、するりと部屋の外へ出た。

 廊下の照明も落ちている。
 屋敷中が暗闇に取り残されたらしい。屋敷の外、村の他の家々の様子を確認したいが、この場所からでは村の様子はわからなかった。
 天候を考えれば停電が順当、だが可能性として侵入者による工作も捨てきれない。
 まずは、屋敷内の安全の確保が優先だ。
 そう考えながら、ヴィンセントはそれでも一瞬、中からは出ることの叶わない部屋にいる銀色の子供を思った。
 あの部屋は、外部の人間が容易く見つけられる部屋ではない。部屋の中はむしろ安全。
 そう、己を納得させた。

 非常時における各自の持ち場は決まっている。
 ヴィンセントが向かうのは地下の実験室。侵入者があった場合、彼らの最終目的地となる場所だ。
 銃を構え、周囲の気配を探りつつ一方で己の気配は完全に殺し、二階の隠し扉から螺旋階段を降りる。
 地下からは人の気配は感じるものの、それはあくまで素人、一般人の気配。地下にいるであろう科学者たちの顔を思い浮かべ、感じる気配へ当てはめていく。すべての気配に顔がはまり、外部の人間の見知らぬ気配はないとヴィンセントの勘は告げる。
 それでも警戒を怠ることなく、銃を構えたまま実験室のドアを小さくノックする。
 きぃ…と扉がゆっくり開いた。

「なんだ騒々しい、たかが停電ごときで」
 白衣を纏った科学者が、心底鬱陶しいといった顔を覗かせる。背後にも幾人もの白衣姿の学者たちが見てとれた。
「ご無事ですか」
 感情を表に出さない表情と声音でヴィンセントは問う。構えた銃をようやく下ろす。しかしホルスターへは仕舞わない、指はグリップにかけたまま。
「はッ。何を大げさな」
「申し訳ありません、しかし万一のことがありますので、念のため」
 実験室の中は、いつもよりは控え目だが、それでも真っ暗な屋敷とは反対に灯りがともっている。屋敷内で唯一、この部屋だけが非常電源に切り替わるようになっていた。
「確認とれました」
 ふいにヴィンセントの背後に、彼と同じ紺の上下を着た男が立つ。
「どうだ?」
 短く、簡潔に先を促すヴィンセントへ、
「暴風雨で架線が切断されていました。人為的な跡は認められません」
「事前にある程度の工作がなされていた可能性は?」
 予め人の手で切れる直前の状態へしておくことは可能だ。
「それもないでしょう。此処へ引いている架線だけでなく、村への架線でも切断している箇所がありましたし、切断しても意味のない線でも切れているものもありました。工作の可能性はないと判断します」
「了解した……念のため、朝まで屋敷の外へも一人配置を…」
「そんなことよりだ」
 タークス間での報告を遮り、それまで実験室内にいた科学者の一人が声を上げた。
「居もしない侵入者などどうでもいい、それより早くその切れた架線をなんとかしたまえ」
「しかし宝条博士、この風雨では…」
 無茶苦茶な要求を投げる宝条と、上司的立場であるヴィンセントの顔とを交互に見ながら、まだ若いタークスは控え目な反論を繰り出す。
「いつまでも非常電源が持つわけがなかろう。此処にあるサンプルたちの保存に差し障る、可及的速やかに対処したまえ」
 魔晄炉からのエネルギーで保存されていると言うサンプルの一つを手にした宝条は、実験室の入口へと歩を進めながら頑として譲らぬ口調で主張する。
 己の実験が絡んでいる。ならばこの白衣の科学者が引くわけがないのは明らかだった。
「切断箇所はわかっているのだろう?出来る限り急いで修復を……」
 半ば諦め気味のヴィンセントが指示を出すが、指示を受けたほうとしては堪ったものではない。ぎょっとした顔で、この場の指揮を執る男の端正な顔を見つめた。
「いつまでもこのままでは無防備に過ぎる」
 常に感情の見えない紅い瞳が、この時ばかりはすまないと言っているようだった。

「ところで」
 渋々と去っていった後輩の背から目の前の科学者へとヴィンセントは視線を移す。
「セフィロスの様子を見てきます。キーを」
「あれには暗闇だろうと何ら問題はない」
「万一のことがあっては、と先程も申し上げましたが」
「ふん……万一、ね」
 さも馬鹿馬鹿しいと言った口調で宝条は言い捨て、停電の中ほの暗いがそれでも灯りの点っている実験室へと踵を返す。
 そして歩き出す寸前、白衣のポケットから取り出した鍵を、乱雑に放り投げた。

 コンコンコンと、軽く三つドアを叩く。
 あるいは停電などには気付かず眠っているかと思ったがどうやら起きているらしい。室内の気配が動くのが解った。
「セフィロス?私だ、開けるぞ」
 小さく声をかけながら、宝条から受け取った鍵を錠へと差す。
 程無くかちりと音がして、ヴィンセントは扉を開けた。
「ヴィン」
 どことなく嬉しそうな声で、幼子はヴィンセントを呼ぶ。抱き上げると首へと回された小さな手が普段より幾分冷たく、眠っていたわけではなかったことが知れた。
「あかり、つかなくなっちゃった」
「遅くなってすまなかったな。停電らしい」
「ていでん?」
 聞きなれない言葉に、小さく首をかしげ、セフィロスが繰り返す。
「そう…屋敷の裏に山があるのは知っているだろう?その山の天辺から灯りをつけるためのエネルギーを引いているのだが、風で線が切れてしまった」
 解るかな、と思いつつも一応説明をしてやる。
「かぜがふくと、あかりがつかなくなるの?」
 やはり難しかったようだ。
「そういう時もあるな。直に点くようになるなるよ、壊れてしまったところを直しているから」
 安心していい。そう腕の中の子供に笑ってやるが、何故かセフィロスは笑わない。
「…ヴィンがなおしてるの?」
「いや、別の者を行かせている」
 そう答えて、ふと気付く。
「あぁ……だから、灯りがつくようになるまで、此処にいるよ」
「ほんとう?」
 ようやく、愛しい子供が笑った。

「怖かったか?」
「ううん。ちゃんとみえるもん」
 宝条の言っていたことは事実だったらしい。
 ヴィンセント自身も基より夜目が効くよう訓練されていた上に、例の宝条の行った手術以後は、まったく暗がりがその意味を成さなくなった。
 それでも、灯りのつかない部屋を心もとなく思うのは、生きているものだからなのだろう。
 この部屋へくる前に調達してきた蝋燭を、子供用の小さな机の上に立てて、火を点した。
 いつもこの部屋で使っている大人用の簡素な椅子を、部屋の隅から机の横へと引いて、ヴィンセントはそこへ腰を下ろした。
 ずっと抱いていたセフィロスは左足の上に座らせる。
 
「きれいだね」
「そうだな」
「まほうよりも、きれい」

 無邪気な子供の言葉にどきりとした。
 あの停電の中でも灯りの点る部屋で行われる実験とは別の、ある種の戦闘訓練めいたことが、最近開始されたことは知っていた。
 その訓練の一つが、おそらくは魔法に関する訓練であることも察しがついてはいた。古代種となれば、高い魔力が備わっているはずなのだから。
 
「あ…っ」
 急に、セフィロスが、両手で口を塞いだ。
 おそらく、訓練については宝条あたりから口止めをされていたのだろう。
 小さな手で、やはり小さなほの紅い唇を隠す姿がいじらしい。
 その幼い身体がふるりと震えた。
「…っくしゅ」
「だいじょうぶか?」
 灯りと同様に、暖房器具の類も当然点かなくなっている。すっかり失念していた。
 ヴィンセントは羽織っていた制服のジャケットを脱ぐと、セフィロスへと着せかけ包(くる)んでしまう。
 本来ならば、時間も時間だ、ベッドへ入れてしまえばいいのだが、何故かそうは出来なかった。
「ヴィンがさむいよ?」
「大人だから、大丈夫だ」
 暗闇でも目が効くようになった時に、やはり寒暖の別も失っていた。彼の身体はあまり寒さ暑さは感じない。
 それでも、やはり人の温もりは、感じるものだ。
 自分の上着に包(つつ)まれた子供をそっと抱きしめる。
 蝋燭のほのかな灯りの中、沈黙が落ちた。
 
「あ…」
 やがてそれほど長くはない時間の後、くにゃりと炎が揺れ、そのまま吹き込んだ隙間風に、炎が掻き消える。
 中は最新の科学機器が至る所に積まれた屋敷だが、建物そのものは決して新しくはない。こんな屋敷の中で科学実験が行われているなど、誰も思いはしないであろう、外観なのだ。
「大丈夫」
 そっとセフィロスに声をかけ、マッチを取り出そうとした。
 ふと、腰の銃に手が触れる。
 そのまま、取り出したものは、火を熾すためのマッチではなく、
「……ファイア」
 小さく口の中で呟き、蝋燭に再び炎を点した。
 膝の上のセフィロスが驚き、ヴィンセントの手にあるマテリアと同じ色の瞳を大きく見開きヴィンセントへ向ける。
「ヴィンも、できるの?」
「ああ……秘密だよ」
 お前は特別だ、とでも言い聞かされていたのだろう、宝条のやりそうなことだと思う。確かに子供に出来ることではないという意味では特別なのだが、それはまだ知らなくてもいいことのはずだ。
 自分がこの力を使える理由も、この子に与えられている訓練の理由も、まだ知らなくて良い。
 他を傷つける力であることなど、どうして教えられるだろう。自分はともかく、この子が望んだ力ではないものなのに。
 
「うん、ないしょ、ね」
「セフィロスも、内緒なのだろう」
「うん、ひみつ、だよ」


 穢れを知らぬ天使の笑みが蝋燭の柔らかい光の中照らし出された。

 言い付けを破ってしまったこと、他人とは違う力が使えること、無意識に不安に思っていたことが解消されてほっとしたのだろう。
 間もなく、セフィロスはヴィンセントに抱かれたまま寝入ってしまった。
 そのしばらく後、夜半よりは落ち着いた風の音に包まれた屋敷に、ようやく灯りが点った。
 
「おやすみ」


 起こしてしまうことが気になって、結局自分の上着を着せたままベッドへ入れたセフィロスへ低く囁くと、ヴィンセントは部屋を後にした。

 かちり、と錠の閉まる小さな音。
 そして部屋から遠ざかる彼は、自身の右手が色を失うほどに、鍵を強く強く握り絞めていた。  

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