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color of you

 今日が約束の五日目だ。
 いつ戻ってくるのだろう。
 彼の代わりに部屋にいる、彼と同じ紺のスーツを着た人に聞いたら知っているだろうか?

 セフィロスは「お留守番」をしていた。五日前からヴィンセントが屋敷を空けているのだ。
 「お留守番」は初めてのことではなく、たまにあることだった。大抵の場合は数日間。戻ってくる日をセフィロスに告げヴィンセントは出かけて行く。
 良い子で待っていなさい、などと言われたことは無い。
 ヴィンセントにとってセフィロスが「良い子」でなかったことなど一度もなく、そして自分がいなければセフィロスがより一層「良い子」でいるであろうことは想像に難くない。ある意味で、セフィロスはヴィンセントの前にいるときが一番「悪い子」なのだ。子供らしい我侭や物言い感情を見せる、という意味において。
 今回もまた、五日前にヴィンセントは出かけて行った。
 どこへ行ったのかは、セフィロスは知らない。
「セフィロスが五回寝たら戻るよ」
 それだけ知っていれば良かった。
 約束の五回目の朝、起きてからずっと、セフィロスはそわそわしている。

 ヴィンセントがいなくなると、「代わりの人」が部屋へ来る。屋敷にはいつも、ヴィンセント以外にも彼と同じスーツを着た人が二人か三人いるけれど、それとは別の人がやって来る。
 いつも同じ人というわけではなく「代わりの人」は何人かいるらしい。
 その何人かの中で、セフィロスが一番ある意味で苦手なのが、今回の「代わりの人」だった。
 確か、ヴェルドという名前だったはずだ。最初に会ったときに、ヴィンセントがそう紹介してくれた。
 他の「代わりの人」は、屋敷にいるスーツの人たちと同じで、セフィロスのことをただ見ているだけの人間たちだ。だが、ヴェルドだけはなんとなく違う。セフィロスはそう思う。
 屋敷にいる科学者たちのぞくりとするような視線とも、ヴィンセントのほっとするような視線とも違うのだ。敢えて言うなら「怒られている」時の気持ちに近い。彼に見られていると謝らなければいけないような気になる時があった。
 それが、セフィロスがヴェルドを苦手だと思う理由の半分だ。
 そして、ヴェルドはヴィンセントと仲が良かった。
 ヴィンセントはいつもあまり笑わないけれど、セフィロスの前では微笑ってくれるし声も優しい。ヴェルドといるときもそうだと感じる。それがセフィロスにとっては少し残念な気がするのだ。
 残りの半分の理由がそこにあった。

 そんなヴェルドだから、ヴィンセントがいつ帰ってくるのか、知っているかもしれない。教えてくれるかもしれない。
 そう思って、いつもはヴィンセントが座っている椅子に腰掛けている彼を、セフィロスはじっと見た。
 なんて声をかければ良いのだろう?
 ヴィンセント以外の人間に、自分から話しかけたことがほとんどないので解らない。そのヴィンセントも、セフィロスが彼を見るとすぐに気付いて「どうした?」と聞いてくれるのだが。
「……なんだ?」
 じっと部屋の隅にいる人を見つめること数十秒。
 ようやく相手が声をかけてくれた。
 しかし。
 ふるふると首を左右に動かし、セフィロスは机の上へ視線を落とす。
 やはり「怒られている」ような気がする。
 セフィロスは、机の上に置かれた最近のお気に入りである百科事典をせわしなく捲り始めた。

 事典には、様々な図版が載っている。
 字も、だいたいは読める。さすがにびっしり書かれた文章は難しくて読めないけれど、載っている写真が「何」の写真なのか、その名前くらいは読むことが出来た。
 解らないときはヴィンセントに聞けば教えてくれる。
 セフィロスにとって、世界は屋敷の中がほとんどで、残りの少しも時々宝条に連れて行かれるミッドガルくらいでしかなかったけれど、セフィロスがまだ見たことのないものがたくさん存在するのだということだけは知っていた。
 今日見ていたのは、石がたくさん載っている事典だ。
 もっとも、朝から落ち着かない今日のセフィロスは、ほとんどページをただ捲っているだけで、ろくに写真など見てもいなかったのだが……。
 掛けられた声に戸惑って、逃げだす代わりのようにぺらぺらと捲り始めた事典の、あるページでその手が止まった。

 ヴィンセントだ。

 そう思った。
 紅い石。
 とても綺麗な、紅い色。誰にも壊すことが出来ない、他の色に塗り替えることの出来ない色。
 吸い込まれそうに深くて、一度見つめてしまったら反らすことの出来ない色だ。
 瞬きをすることを忘れて、セフィロスはその紅い石の写真に見入った。
 息をすることすら忘れてしまったかのように、ただただ紅い石を見つめる。
 やがて、ほうっとひとつ大きく息を吐いた。
 まだ心臓がドキドキといっている。

 コンコンコン

 ドアを叩く音。
 セフィロスは弾かれたように顔を上げ、扉へと駆け寄った。先ほどから忙しないリズムを刻む鼓動がさらに早くなる。
 このノックは、彼に違いない。
 やっと帰ってきた。
 セフィロスが扉のノブに手を掛けると同時に、扉が開き、待ちかねた人が現れた。
 彼の前に膝をついたその人に、飛びかかるように抱きつく。いつものように、ぎゅうと抱きしめられた。

「ヴィン!」
「ただいま」
「おかえりなさい」

 ほんの少し身体を離すと、セフィロスの顔を覗きながらヴィンセントは帰宅の挨拶をする。
 セフィロスもヴィンセントの顔を見上げて挨拶を返した。
 いつもならば、そしてまたぎゅっとヴィンセントに抱きつくセフィロスなのだが、今日は何故か、まだヴィンセントの顔を穴があくほど見つめている。
 そのセフィロスが徐に口を開いた。

「……きれい」
「何?」
「ヴィンのほうがきれい」

 セフィロスはニッコリと笑って言う。
 だがヴィンセントにはまったく意味が解らない。
 そんなヴィンセントに、部屋の扉に手をかけていたヴェルドがふっと笑い、声をかけた。
「良かったな、宝石よりもお前のほうが価値があるそうだ」
「何のことだ?」
 怪訝な顔のまま、友人と子供の顔を交互に見やっているヴィンセントに、机の上を指し示し、
「お前にとっても、翡翠などよりずっと大切なものなのだろうけれど」
言い残すと、部屋を出た。

「ひすいってなに?」
 不思議そうなセフィロスを抱き上げ、机のほうへとヴィンセントは歩いて行く。
 子供用の小さな机の上、広げられた事典のページはルビーの項目。
「なるほど」
 ようやく、ヴィンセントにも事の次第が飲み込めた。
 だが、逆にセフィロスにとっては、ヴィンセントとヴェルドの会話の意味が解らない。
「ねぇ、なに?」
「ああ……これだよ」
 事典を捲り、ヴィンセントは碧の石が載せられたページを開いてやる。
「……うー…ん?」

 ルビーをヴィンセントの瞳の色だと思ったセフィロスだが、翡翠が己の瞳の色だとは思えないらしい。
 首を傾げ唸っている。
 やっぱり、解らない。
 ヴィンセントとヴェルドは二人だけで解っていたみたいだけれど。だからヴェルドはあまり好きじゃない。
 セフィロスは改めてそう思った。

「私には」
 うんうん唸っているセフィロスの髪をそっと撫で、ヴィンセントはポケットからあるものを取り出した。
「こちらのほうが近いと思うが」
「マテリア?」
「星の色だよ、セフィロスの色は」

 小さな手のひらの上に、ころんと転がされた星の欠片の宝玉を、セフィロスは細い指で摘み光にかざす。

「なんにもはいってないね」
「そうだな……だから何にでもなれるものだ」
「ぼくのいろなの?」
「ああ。星の色……生命の色だ」
「ふうん」

 ヴィンセントが命の色と評した小さな珠を、セフィロスはもう一度見つめる。
 意味がはっきりと解ったわけではないが、生命も星も大切なものだ。その大切なものと同じ色だと言われるのは、嬉しいことだと思う。

「はい」
 マテリアをヴィンセントに返そうとセフィロスが珠を載せた手のひらを差し出すと、そっとその手を大きな両手で包まれた。
「いいよ、これはセフィロスにあげよう」
「ほんとう?」
「ああ」
「ありがとう」

 何の要素も持たぬマテリアは、純粋な星の一部で、何にでもなれる可能性を持つものだ。
 生命の色をした星の欠片。
 同じ色を持った子供の未来を託すように。
 ヴィンセントは、愛し子の小さな手のひらをぎゅっと握った。

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