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cast a spell to you

 窓を開けると、夜風と共にどっと喧噪が流れ込む。
 古代種の神殿を目指し、キーストーンを入手すべくやってきたゴールドソーサー。
 これほど己に似つかわしくない場所もあるまい。
 そう思いヴィンセントはふっと自嘲めいた笑みを浮かべる。
 ニブルヘイムのあの屋敷を彷彿させるような、古びた幽霊屋敷を模したホテルだったが、あくまでおどろおどろしいのは建物内部とその周辺のみ。窓を開ければ園内の人声やアトラクションを動かす機械音、溢れる音楽などが隔たれることなく流れ込む。
 同時に目に入ってくる鮮やかにライトアップされた景色を、彼は何とはなしに眺めていた。
 決して遊び歩いて良いような状況ではないのだが、仲間内にはまだ二十歳前後の若者たちもいる。あるいは彼らは息抜きに園内を散策しているかもしれないな、とぼんやり思った。
 
 どおぉぉぉん……
 
 ふいにひときわ大きな音が聞こえはじめた。
 毎夜行われるゴールドソーサーの名物ともいえる花火の打ち上げが始まったらしい。
 園内の各スクェアからホテルは若干離れているため、やや遠くの空に次々と炎の花が咲いては消えていく。
 絶え間なく上がる爆発音と歓声。
 描かれる光の軌跡をその紅い瞳に移しながら、彼は脳裏に古い記憶を呼び起こす。
 此処と似たあの屋敷の窓から見た、夜空を。

 ……どおぉん……

 かなり離れた場所からだろう、微かな音量ではあるが確かに爆音が聞こえる。
 その音に、ちょうどベッドへと入ろうとしていたセフィロスが顔を上げた。

「なんのおと?」

 聞き慣れない…おそらくは初めて聞くであろう低い音に、切り揃えられた銀の髪をさらりと揺らしながら小さく首を傾げている。気の所為だろうか、屋敷が微かに揺れているようにも思える。腹に響くような爆音は一発だけではなく、二発、三発と続いて聞こえてくる。

「花火だろうな」
「はなび?」
「そうだよ」

 珍しいな、とヴィンセントは言いつつ、セフィロスを寝台へと促す。しかし、子供特有の好奇心だろうか、初めて聞く花火の音が気になって仕方がない様子のセフィロスは、のろのろとベッドへ歩きながらヴィンセントを見上げる。
「はなびって、おそらにあがるんでしょう?ひをつけたら、ひかるって」

 玩具の代わりとして与えられている書籍で見たのだろう、花火という言葉の意味は知っていたらしい。しかし、許可がない限りは外に出ることの出来ないセフィロスが実物を見たことがあるはずもない。
 コスタ・デル・ソルやジュノンと言った観光地や都市部では、年に数度、花火大会なども行われているようだが、此処は魔晄炉以外は何もないと言っても過言ではないニブルヘイムだ。打ち上げ花火がこの近辺で見れるということがまずありえない。事実、ヴィンセントがこの屋敷に滞在するようになってそれなりの年月が経っているが、花火大会というものが催されたことは一度もなかった。
 近年ではあちこちで見られるようにはなってきている、と聞く。ついにニブルヘイムでも打ち上げたのかもしれない。そういえばここ数日行われていた夏の祭りは今日が最終日だったはずだ。

「すごくきれいなんでしょう?」

 なおもヴィンセントを見上げ言葉を重ねるセフィロスの前に、彼はしゃがみ込み、子供と目線を合わせる。
 小さな桜色の唇をほんの少し尖らせ、大きな翡翠色の瞳を何度も瞬かせる。両手は無意識に自身のシャツをきゅっと握りしめていた。
 我儘を言う時の、セフィロスのお決まりの表情と仕草だ。
 ヴィンセントは困ったような微笑を浮かべ、そっとセフィロスの頭を撫でる。

「見たい…のだろう?」

 外に勝手に出ては行けないことはセフィロス自身子供ながらに十分に理解していた。花火が見たい、などという理由で外出許可が下りることなどありえないこともまた解る。だからこれは本当に我儘でしかない。
 見たいのか、ではなく、見たいのだろう、と断定的に聞いてくれたヴィンセントの優しい声に、セフィロスは声無く微かに頷いた。
 そんなセフィロスの髪をくしゃりと撫でたヴィンセントは、小さな身体を抱きあげ、部屋の出口へと向かう。

「見えるかどうかは解らないが…二階に行ってみようか」
「いいの?」
「本当に見えるかどうかは解らないぞ?」

 改造され常人よりは発達している聴覚で捉えた方向で間違いなければ見える可能性は大きいだろう、と思いながらも、あまりに期待をさせて見えなかった時のセフィロスの落胆を思うと楽観的なことは言えなかった。
 それでも嬉しそうに、うんと頷き抱きついてくるセフィロスに、いつかきちんと花火を見せてやりたいと思うヴィンセントであった。

「あっち…だよね?」
 セフィロスを抱きあげたまま屋敷の二階へ上がり、誰もいない一室へと入る。
 窓辺へ向かって歩を進めると、腕の中のセフィロスが、音の発生源であろう方向を正しく指さしながらそう言った。

「あ、ああ」

 そんな子供の様子に、ヴィンセントは一瞬言葉に詰まる。
 音の聞こえる方向というものは、案外つかみにくい。タークスとして訓練を受けている上、さらに今では人間と異なる聴覚を持つヴィンセントにとっては容易なことであっても、子供には概して捉えにくいはずである。
 セフィロスを、普通の子供と何ら変わりのない愛らしい子供だとヴィンセントは考えてはいるが、それでもこのところ、特異な能力を見せることが多くなってきていると感じていた。
 冬が来れば五歳になる。
 科学者たちにとっては遅すぎるくらいの才能の発露なのかもしれない。
 たとえどれほどに人間離れした能力を得ようとも、セフィロスに向ける愛情に変わりはない。それでも出来ることならば…とヴィンセントは願わずにはいられないのだ。

「ヴィン?」
 己の思考に沈んだヴィンセントを、セフィロスの声が引き揚げる。
 なんでもないよ、と言う代わりにセフィロスへ淡く笑むと、左腕に子供を抱いたまま右手で窓を開けた。
 
どおぉぉぉん…どぉぉん……

 昼間よりは若干下がったもののやはり熱気を孕んだ空気と共に、大きな爆音が流れ込む。
 地下にあるセフィロスの部屋で聞いたときはかなり遠くからの音のように思えたが、意外に近いらしい。
 
「う…わあぁ……」

 観音開きになった窓の左右の硝子戸を開け放つと、広がる夜空に次々と花火が上がっていく様が目に飛び込んできた。
 赤、青、黄色、緑、橙。
 様々な色が次々と開いては消え、藍色の空を彩っていく。
 
「すごい……」
 決して本の中の写真では敵うことのない、美しい光景にセフィロスが息を呑む。
「これも、まほうなの?」
 人の作りだしたものとは思えなかったのだろう、セフィロスはヴィンセントにそう問いかけた。

「いや……火薬に金属を混ぜると炎の色が変わる。それを利用して作るんだ。魔法ではないよ。人の作ったものだ」
「すごい…きれいだね」

 科学者たちはセフィロスの魔法を凄いと褒め、魔法で作りだした炎や氷を素晴らしいと言う。だが、魔法よりもずっとすごいものはあるとセフィロスは思うし、ヴィンセントもそう言う。
 この花火もそのひとつだろう。
 いつか停電の夜に、やはりヴィンセントと一緒に見た蝋燭の炎もそうだった。
 ヴィンセントはセフィロスにたくさんの綺麗なものを見せてくれる。

「やっぱり、まほうみたい」
「そうか?」

 ヴィンセントが何処となく寂しげに答える様子に、セフィロスは少し考え口を開く。

「うーん、おはなしのなかにでてくる、まほうつかいみたいだよ」
「魔法使い?」
 意外なセフィロスの言葉にヴィンセントは訊ね返した。
「うん、ヴィンはまほうつかいなの」
「私が?」
「そう」
 ヴィンセントの紅い瞳が、困惑を浮かべている。
 そのいつもと少し違う、けれども何より美しいと思う瞳をじっと見つめてセフィロスはくすくすと笑う。

「ヴィンのまほう、だいすき」

「魔法使い、か……」
 結局のところ、幼いセフィロスが何故自分をそう評したのか、そしてセフィロスの言った自分の使った魔法とは何だったのか、今でも解らずにいる。
 ただ、本当に自分があの子の魔法使いであったならば、今こんな旅をしていることもなかっただろうと苦く思うばかりだ。
 
「シドー!ヴィンセントーー!!」

 ヴィンセントが溜息を吐いたその時、ノックもなく部屋のドアが開いた。このような振舞いをするのはたった一人、ウータイの忍者娘以外にありえない。
 
「なんだ、ユフィ?」
「あれ、シドは?いないの?」
 
 ユフィは部屋を見渡し、どこまでもマイペースに話を続ける。
「オレ様がどうしたって?」
「あ、いた。なんだ煙草買いに行ったのか。まさかひとりで遊びに行ったのかと思ったじゃん」
 いくらなんでもオヤジが一人で遊んでたらってありえないよねー!とケタケタと彼女は笑う。

「それで、何だって?」
 放っておけばいつまでも笑い続けそうな少女に、ヴィンセントは話を促す。

「遊び行こうよ!」
「なんだってオレ様達のとこにくるんだよ、お前さんは。クラウドとかねーちゃん達に遊んでもらえ」

 子守は御免だ、とシドは言い、さっそく買ってきた煙草に火を点けようとする。
 が、ユフィはそれを寸前でかすめ取り、
「それがさぁ、見ちゃったんだよ、アタシ。エアリスがクラウド誘って出てくとこ。だからさぁ……なんてゆーか、ティファのとこ行って遊び行こうって言うのはマズイかなぁって」
 そう現在の状況を説明した。
 いつも元気で直情径行なユフィにしては珍しく躊躇うものがあったらしい。クラウドを挟んでの微妙な三角関係を大人組はよくあることと見守っていたのだが、ユフィの懸念も解らなくはない。
 シドと思わず視線を合わせたヴィンセントは小さく肩を竦める。

「しゃあねぇなぁ…ほら行くぞ。お前さんも付き合えよ、ヴィンセント」
「仕方ないな」
「やった!ね、ティファ誘っても大丈夫だよね?何かあってもフォローしてくれるよね?」

 二人きりで遊びに行き、クラウドとエアリスに出くわした場合が気になっていたらしい。オヤジだ何だと言いつつも、肝心なところではやはり大人の存在は有難い。小さく飛び跳ねながらユフィはシドを引っ張り部屋を出て行く。
 ヴィンセントもまた部屋を出るため、開け放していた窓を閉じる。

 明日には、古代種の神殿へと向かうことになるのだろう。
 そこでセフィロスと会うこともあるいはあるのかもしれない。彼もまた神殿へ向かっているはずだ。
 クラウドはセフィロスと決着をつけると公言しているし、基本的には一行はそれに同意をして旅している。
 だが、セフィロスともう一度会うために、ヴィンセントは旅を続けていた。
 あの子に会って、そして。
 その時、自分はどうするのだろうか?

 あの子に見せた、魔法とは一体なんだったのだろう。
 もう一度見せることができたならば、あの子は私に気付いてくれるだろうか。

   ガラス越し、消えゆく花火にそう思った。

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