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永遠の明日
Future Life
数年前に建設の始まった街は、あちらこちらに剥き出しの鉄骨が積み上げられ、通りに並ぶ建物も大半が建設途中の状態だ。
最新の工法を取り入れているのだろう。木造建築しかないニブルヘイムとは大違いである。
手を引かれ、隣を歩く子供もまた、興味深そうに街の様子を眺めていた。
「これ、ぜんぶおうちになるの?」
「全部ではないだろうが……そうだな、このあたりは居住区になるはずだから、人の住む家がほとんどだろうな」
「ふうん……いつできるの?」
「セフィロスが大人になるころには街全体が出来上がっているはずだ」
地上ではなく、プレートを作り、その上に街を作る。
神羅の目指すその計画は、もはや一企業の行いを超越している。
ヴィンセントの左手を握っている子供の存在にしても同様だ。この子に関する一連の計画は人の領域を逸脱していると言わざるをえない。
だが、走り出したそれらを止めたくとも、既にもう手の届かないところにある。
苦い想いを飲み込み、今はまだかろうじて己の手が届くところにある、繋いだ小さな手をぎゅっと握りしめた。
どこかからか鐘の音が聞こえる。
目に映るもの、耳に届く音、すべてがただただ珍しいのだろう。何かを見つける度にセフィロスは足を止め、何かを聞く度にあれは何の音かとヴィンセントの袖を引く。
ただでさえ好奇心の旺盛な年頃である。ミッドガルに到着するまでの道すがらでも散々に繰り返された場面だったが、問われるままにひとつずつ教えてやれば目を輝かせ興味深げに頷く姿が愛らしい。
時間にはまだ余裕があった。
度々足を止めるセフィロスに付き合い、そこここで立ち止まっては言葉を交わし、また手を繋いで二人で歩き出す。
普通の子供であれば当たり前に与えられた時間を、この限られた期間の中で出来うる限り再現してやりたかったのだ。
実際、この突然に降って湧いたような小旅行がどれくらいの期間になるのかはヴィンセント自身にも正確には解ってはいない。
今日この後セフィロスを社長と会わせて、そしてその後どうなるのか。
不安がないわけではなかった。
ただプロジェクトそのものに、ある種の社運がかけられていることもヴィンセントは知っている。いずれ神羅が世界のすべてを手にするための計画。エネルギー供給という目には見えない利便と言う名の飴と、軍隊という目に見える脅威の鞭。セフィロスの存在は後者の要に据えられている。
走り出し、ヴィンセントの手が届かない計画は、止まることが出来ないところまで行っているのだ。それはすなわち、皮肉にも、セフィロスの身の安全だけは保証されているということでもある。今更この銀の子供を失うことは神羅にとっては出来ないはずであった。
「ねぇ」
またしてもセフィロスが足を止め、そのため袖を引かれる格好になったヴィンセントもつんのめるように足を止めた。
立ち並ぶ新しい集合住宅の乱立するほんの隙間、お世辞にも立派とは言い難い煉瓦造りの建物がそこにはあった。
「ここはなあに?」
セフィロスがそう尋ねる声をかき消すように、また鐘が鳴る。
先ほどはやや離れた所から聞こえていた鐘の音は、まさにこの場所から発せられていたらしい。からんがらんと大きな、だが澄んだ音が響いている。
「教会だな」
鐘の音がやむのを待ってセフィロスにそう教えると、くいくいとセフィロスはヴィンセントの手を引いて教会の入り口へと歩いて行く。
教会ならばニブルヘイムにも小さな物がひとつだけある。この教会はそのニブルヘイムの教会に負けるとも劣らないほどの小ささであった。
開け放たれたままの教会の扉からそっと中を覗き込むセフィロスの背後からヴィンセントも中を覗く。
「誓いのキスを」
中にいたのは、牧師と年若い男女の三名のみ。
女性のほうは小さなブーケこそ手にしていたが、華やかなウエディングドレスを身にまとっているわけではなく、ただ質素な生成のワンピース姿で薄いヴェールだけを被っていた。そのヴェールを新郎が持ち上げ、二人は口付けを交わしている。
これはなに?というようにセフィロスがヴィンセントを見上げる。
ヴィンセントはセフィロスの背後にそっと膝をつくと、結婚式だ、と耳に唇を寄せ微かな声で教えてやった。
「きれいだね」
まるで内緒話をするかのように、潜めた声でセフィロスがそう答える。
ドレスを着ているわけでもない、たくさんの参列者に祝福されているわけでもない、ふたりきりのささやかな誓いの儀式は、ささやかであるが故に美しさと純粋さを兼ね備えている。
「そうだな」
背後から抱きしめたままのセフィロスにヴィンセントもまた小さな声で答えると、どちらからともなく視線を合わせて笑顔を交わしあった。
「あら……ねぇ」
花嫁のほうが二人に気付いたらしい。声を掛けてきた。邪魔をされたと気分を害している様子ではないようだが、無断で覗いていたことには違いないので、こちらへと歩いてくる彼女にヴィンセントは軽く頭を下げる。
だが頭を下げたヴィンセントへ、いいのよ、と言うように花嫁は笑って首を振ると
「これ、もらってくれる?」
セフィロスの前に屈み込んでそう言った。
言われたほうのセフィロスはこういった経験が皆無なので対応に困ってしまう。どうしよう?とヴィンセントを振り返る。そういえば外に出すことを想定していなかったためだろう、知らない人から物をもらってはいけない、などと教えたことがなかったなとぼんやりとヴィンセントは思いながらも、セフィロスに頷いてやった。
これというのはブーケのことだろう。参列者のいない式だ、ブーケを投げる予定もなかったのだろうが、想定外の観客を見つけブーケトスをしてみたくなったに違いない。
ヴィンセントが頷くのを見て、セフィロスもまた花嫁に向かって恥ずかしそうにはにかみながらも頷いた。
「いくわよ?」
彼女はセフィロスから数歩下がり、後ろは向かずにそのまま軽くブーケを投げる。
ふんわりと放物線を描き、すとんとセフィロスの手の中に、小さな花束が落ちた。
「これで次の花嫁になれるわよ、お嬢ちゃん」
「およめさん?ぼく?」
「あらら……男の子か」
綺麗な子だから間違えちゃったわ、そう屈託無く彼女は笑う。幸せそうな笑顔だった。
そして次の花嫁だと言われたセフィロスは不思議そうな顔でヴィンセントを振り返る。
「花嫁のブーケを貰った人は、次の花嫁になれる。昔からそう言われているのだが……」
苦笑しながらヴィンセントが説明してやると、セフィロスは大きな翡翠の瞳をぱちぱちと瞬かせる。
「そうねぇ……そう、次は坊やに素敵なお嫁さんが見つかるわよ、きっと。ずっとずっと一緒にいたいって思う、大好きな人が」
「だいすきなひと?」
「そうよ。大きくなったら坊やのお嫁さんになってくれる人」
かくりとセフィロスは首を傾げ、もらったばかりの小さなブーケをじっと見つめ、やがてヴィンセントを見つめる。
そして。
「はい」
「……?」
ブーケとヴィンセントを交互に見つめていたセフィロスは何かに思い至ったのだろう、にこりと笑うとブーケをヴィンセントに差し出す。
「おおきくなったら、ヴィンをおよめさんにしてあげる」
「え?」
「ぼくのおよめさんはヴィンがいい」
「いや……その」
さすがに予想出来なかった。
思わず、返答につまったヴィンセントだが、そんな様子にセフィロスはやや悲しげな顔になる。
「いや?」
「そんなことは……ない、が」
「ほんとう?」
「ああ……」
どこか釈然としない気もするのだが、しかしまっすぐに届く想いはとても伸びやかで純粋に嬉しい。
ふっと笑ってセフィロスへ頷いてみせると、セフィロスもまたふわりと笑う。
たった今、結婚式を挙げたばかりの花嫁に負けないほどの幸福な笑顔。
小さな教会の片隅、二人の手に握られた小さなブーケから、名もない花の香りが立ち上った。
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