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大切なもの
My proudest posession
その里は、わずか数刻にして廃墟と化した。
空には、崩れ落ちた家々を不似合いなまでに白く照らす月が浮かんでいる。
そして、廃墟に佇む彼は、ただ月を見ていた。
確かにあれでは無理だ。
ザックスはそう思う。
反神羅を掲げるゲリラたちが潜む集落の制圧が今回のミッションだった。
総司令官は英雄・セフィロス。
彼が出た以上、どんなミッションであっても失敗はありえない。
当然のことながら今回も、確実かつ迅速に任務は完遂された。
最寄りの神羅軍基地を発ったのが昨日の朝だ。夕方前には予定のポイントに到着、しばし休息を取った後、夜陰にまぎれて集落を包囲した。
夜明けと共に始まった戦闘は、陽が高く昇るころには終わっていた。
神羅軍・ソルジャー部隊の両陣営がこの半年、落とすことができずに手を焼き続けた集落のはずなのだが、セフィロス率いる1個部隊28名はわずか1日足らずで制圧してしまったことになる。
そして、後処理の一環として、捕らえられたゲリラの中心だった男が処刑されたのは陽が沈む直前。
セフィロスは眉を顰めるでもなく、ただ無表情に正宗を薙いだだけだった。
首と胴の離れた男が流した大量の血液は、未だなお地面を赤く染めている。
月を見つめる銀髪の英雄の足元を。
「……セフィロス」
崩れた石壁、焼け落ちた木柱、残る血痕。
それらを照らす月光はこの場には不似合いで不自然なのに、セフィロスの長い月と同じ色をした髪を照らす光はあまりにも美しい。
そんな支離滅裂で自分には似合わないであろう情緒的な感情がふいに沸き起こり、ザックスは彼に声をかけるのを一瞬躊躇ってしまった。
彼にもっとも近いところにいるはずの自分でさえ呑まれてしまうこの雰囲気では、そのあたりの一般兵などが声をかけられるはずもない。
本社よりセフィロス本人からの報告を要請されている。
伝えるべき用件はたったそれだけなのだが。
「どうした?」
いつもと変わらぬ声音でセフィロスが返事をする。
落ち着き払った様子でこちらを振り向いた彼に、つい今しがた感じた躊躇を悟られたくなくて、ザックスはちょっとふざけて伝言を告げる。
「神羅カンパニー本社より通告。我等が英雄の輝かしき活躍をぜひとも直に拝聴したい。よって本社への連絡を希求する、とのことです、サー」
芝居がかった最敬礼まで付けて、そう一息にまくしたてた。
そんな自分の言動に、きっと彼の呆れたような苦笑が返ってくるに違いない。
しかし。
「……我等が英雄、か」
彼はしごく真面目な表情で、低く呟き、そしてこちらへと歩き出す。
ざくり。
ざくり。
予想外の彼の様相に、ザックスは返す言葉を探せず、二人の間に沈黙が横たわる。
ざくり。
ざくり。
セフィロスの長靴が血痕の残る地面を踏む音だけが響く。
ざくり。
「……英雄なんて、人殺しみたいなものだ」
ざくり。
すれ違いざま、セフィロスの押し殺した声が聞こえた。
ざくり。
ざくり。
そのまま彼は本社に連絡をとるべく、立ち尽くすザックスを残し去って行く。
ざくり。
ざくり。
「……っ……俺は!」
セフィロスの立ち去った方へと向き直り、ザックスは声を張り上げた。
「俺は、英雄になるんだからな!」
再びセフィロスが振り返る。
その表情はやはりいつもと変わらぬように見えるが、ほんの少しの戸惑いが混じるものだ。
ザックスにはそれが解る。
ザックスにだけは解る。
これは彼の驚いたときの表情だということが。
「なんだよ。あんたの専売特許だとでも思ってんのか?」
「……いや」
「見てろよ、セフィロスが背中を預けるもう一人の英雄、って呼ばれるんだからな、俺は」
セフィロスが右腕と頼む副官、ではもう足りない。
彼の背中を守れる戦士になる。
彼に並べる英雄に。
ザックスは、自分よりわずかに高い目線の、今はたった一人英雄と呼ばれる男を睨むように言い放った。
「……」
「……」
しばしの沈黙の後、ふっとセフィロスが息を吐く。
それは、やはりザックスだけが解る、彼の微笑であった。
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