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銀色暗号
Silvern Cryptlgrapher
10日ぶりの、我が家だ。
自室の玄関ドアを後ろ手に閉めると、ザックスはふぅっと大きく息をつく。
本来ならば5日で帰還の予定だった。ところが、ターゲットのモンスター以外にも駆除すべきモンスターが現れ、さらに同行していたソルジャーが怪我で戦線離脱、その上本社との連絡ミスまで発生する始末で、終わってみれば倍の日数が経過していた。
危険なミッションばかりをこなすソルジャー・クラス1stにはこんな事態は珍しくない。とは言え、やはり予定外に長引くミッションというのは、肉体的にも精神的にもより疲労する。
ようやく戻れた我が家の懐かしい空気にほっとするのも無理はない。
たとえそこが、恋人の部屋に入り浸りっぱなしでこの数ヶ月ろくに帰ってもいなかった部屋だとしても。
「あ……なんだコレ?」
持ち帰った荷物をそこらに放り投げ、リビングのソファにどかりと座ると、ローテーブルの上に見慣れぬものが置いてあることに気づいた。
銀色のプラスティック製のカードだった。
10日前、ミッションに出るにあたり、荷造りをしにこの部屋に戻った際にはなかったはずのものだ。
手に取り、裏返してみるが、表面も裏面も、何も書かれてはおらず、ただ銀色をしているカード。
「カードキーっぽいよな」
神羅カンパニー内で行動するには、とにもかくにもカードが無ければどこにも行けない。
各部屋のドアはIDカードや、カードキーを通さねば開かないようになっているし、高セキュリティエリアなど目的の場所にたどりつくまで、何度も何度もカードをかざしパスワードを入力させられるのが当然だった。
社員それぞれに与えられてるIDカードには、各社員に応じたセキュリティが付与されており、立ち入りを許可された部屋のロックは自身のIDカード1枚あれば問題ないのだが、時には許可をされていない場所へ行く必要も出てくる。そうした場合、申請を出し、認められた場合にのみ貸し与えられる、カードキーが存在していた。
どうやら、この銀色のカードもそうした類のカードのようだ、とザックスは判断した。
それはセキュリティの都合上、どこの鍵なのかがわからないよう、無地のカードになっていることからも推測できる。
しかし。
「なんで俺の部屋にこんなモンが置いてあるんだ?」
しかも、自分の留守の間に。
なんとなく薄気味悪く思ったザックスは、後でソルジャー部門を通して総務へでも照会してみることにして、カードを財布へと仕舞った。
そして、代わりに携帯端末を取り出す。
「たぶんミッション中、だよな」
予定通り帰ってこれてたら一晩だけ一緒にいられたんだけど。
そうぼやきながら、端末を操作し、恋人のスケジュールをチェックする。
神羅カンパニーでは固定端末はもちろん貸与されている携帯端末からでも、各社員の所属先を始めとする簡易プロフィールに始まりオフィシャルな連絡先やスケジュールまでもが見られるようになっているのだ。どちらかといえば事務で重宝される機能なのだが、事務仕事をこなす女子社員達以上にこの機能を有り難がっているのが、実はソルジャー部門や治安維持部門に所属する軍人たちだったりする。
無論、機密に触れない範囲での情報にはなっているのだが、友人がミッション中なのか否か、ミッドガルにいるのかどうか、そんなことがわかるだけでも、始終世界中を飛び回っている軍人たちにとっては意外に便利なのである。ミッション中の相手に飲みに行こうなどと場違いな連絡をするなど、出来れば避けたい。
「あらら、真っ白」
呼び出したお目当てのスケジュールは空白になっていた。
ということは、重要ミッションの真っ最中ということになる。次週からのスケジュールには会議だ演習だと登録されているから、週末までには戻ってくるのだろうが……。
恋人のスケジュールは時としてまったくあてにならないのだ。
仕方がない。
恋人は、神羅一有名で、神羅一信頼されている英雄なのだから。
「しゃーねーな」
よっと掛け声をかけて、ソファーから飛び起きるように立ち上がると、ザックスは部屋を出た。
向かう先は、49階、ソルジャーフロア。
不審なカードの出所を確認しなければならないし、上手くいけばセフィロスの行方についての情報も拾えるかもしれない。
そんな期待をしながら、エレベーターに乗り込んだ。
「……マジ?」
「それで……」
「ないの?」
「……今、どこに……」
「へぇぇぇ、さすが」
49階でエレベーターを降りると、ザックスはひとまずブリーフィングルームを目指す。
この階の廊下が無人ということは珍しく、深夜などでない限り、あちこちで立ち話をするソルジャーの姿が見受けられる。
しかし、今日はどことなく騒がしい雰囲気だ。
人だかりが出来ていたり、大騒ぎになっているというわけではないのだが、そこここで数人単位にかたまったソルジャーたちが顔を突き合わせて情報交換をしていた。
何があったのか、不思議に思いながら廊下を歩くザックスだったが、目的地の少し手前で、見知った数人の顔を発見した。2nd時代によく同じチームを組んだソルジャーたちだ。
「よう」
「おお、ザックス、久しぶりだな!相変わらず忙しいんだろ、期待度ナンバーワンの若手1stだもんなー」
「何だよ、それ。忙しいには忙しいけどな……でさ、なんかあったのか?」
周りを見回しながら、なんとなく声の調子をワントーン落として尋ねてみた。
「ああ、爆発騒ぎだってよ、重役狙いの」
「テロか?」
「うーん、どうなんだろうな」
情報が整理しきれていないのか、友人は首を傾げる。その後をまた別のソルジャーが続けた。
「科学部門だか、兵器開発部門だかの重役が講演会か何かに出席予定でさ。車降りた直後なのか会場入りしようとしたところなのか、その辺ハッキリしないんだけど、とにかく爆発物が飛んできたらしいぜ」
どうにも曖昧な情報なのだが、社からの正式な発表はまだ成されていないようで、これ以上の詳しいことはよく解らないのだ、とその場にいるソルジャーたちは言う。
「ってこたぁ、被害状況も解らず仕舞ってことか?」
事と次第によっては次のミッションに絡んでくるかもしれないな、とザックスは思う。
「まぁな。ああでも、その場にセフィロスがいたんだとさ」
「え?」
「護衛についてたらしいぜ。だから狙われたお偉いさんはセフィロスに庇われて無傷で無事だったってハナシ」
その場にセフィロスが。
爆発物が飛んできて。
セフィロスに庇われて、無事。
じゃあ、彼は?
「……セフィロス……は?」
「もう戻ってきてるらしいぞ。ヘリポートから下りて来るのを見たってヤツがいたからな」
「っておい、ザックス!?」
戻ってきている。
何処に?
騒ぎになっているということは統括のところで詳しい経緯を報告しているかもしれない。
いや、重役がからんでいるならば、社長クラスへの報告もあるだろう。
まさか爆発に巻き込まれて怪我など……メディカルルームが最優先だろうか。
友人たちをその場に置き去りにして、走り出しながら、ザックスはめまぐるしく思考を巡らせる。
誰よりもあの人が強いことは、自分が一番よく知っている。
大丈夫だ、セフィロスなんだから。
そう冷静に考えられる、軍人としての自分がいる一方、ただひたすらに恋人の身が心配でならない男としての自分がいる。
エレベーターを降りて、また廊下を走る。
イライラしながらIDカードをかざしパスワードを打ち込み、扉をひとつくぐると高セキュリティエリアに出る。
ここは人の少ない区画であることをいいことに、全力疾走だ。
「……っ!? 悪い!」
廊下の角で、奥から歩いてきた女子社員にぶつかりそうになった。
並ではない反射神経を持つザックスは、彼女と接触することなく避け、謝罪の言葉を投げると、またすぐ走り出す。
「あのっ!落としましたよ!」
しかし、その背に女性の声がかけられ、彼は振り返る。
「これ」
差し出されのは、財布だ。
「ごめん、ありがと!」
素早く落とした財布を受け取り、早口で礼を述べると、再び猛ダッシュ。
エリアの最奥にある、エレベーターホールで、苛立たしげに上行きのボタンを叩く。
幸いにすぐにエレベーターは到着し、乗り込んだ。
様々な想いがバラバラに脳内を駆け巡る中、無意識に足が向かっていたのは、ほかでもないセフィロスの自室であった。
他のソルジャーとは一線を画す彼の住居は、本社ビル中層階に部屋を与えられる一般のソルジャーとは異なり、本社の高層階にある。セキュリティエリア内にある専用のエレベーターを使わなければ行けないということを知る者は意外に少ない。
ようやくたどり着いた、無機質な薄鈍色のドア。
ザックスは乱れた呼吸を整えようと、ドアの横に手をついた。
そこで初めて、先ほど拾ってもらった財布をまだ手に持っていたことに気づく。
財布を掴んだままの右手を壁に置き……ふいに、ぴっと電子音が鳴り、目の前のドアのロックが外れる音が聞こえた。
「あ……?」
はぁはぁ、とまだ荒い息をつきながら、ザックスはロックの外れたらしいドアを開けた。
偶然にしては出来すぎたタイミングだったが……いや、それ以前に中に部屋の主はいるのだろうか?
あまりのもどかしさに、ブーツを脱ぎ捨てると、一人住まいには不必要と思われる長さの廊下をばたばたと駆け、リビングに飛び込んだ。
「セフィロスっ!?」
「……どうした?」
彼の名を呼びながら、飛び込んだ部屋のソファの上には、いつものように落ち着き払ったセフィロスがいた。
「どうしたもこうしたも……無事、だな?怪我とかしてないんだな?」
彼に近づき、確認するように、そっと頬や髪に手を伸ばす。
セフィロスは少し首を傾げながらも、ザックスにされるがままになっている。
「ああ……」
「49階行ったら、爆発騒ぎがあったって……あんたがその場にいたって聞いたから」
「そうか」
「ほんっとうに怪我とかないな?」
「無い」
「だったら良かった……」
セフィロスの銀の髪を撫でる右手はそのままに、左腕でぎゅっと彼を抱きしめた。
決して積極的に抱き返してくることはないのだが、遠慮がちにザックスの背中に触れる彼の手の感触が愛おしい。
本来ならば、彼のほうがほんの少し背が高いのだが、ソファに座ったままの彼の頭はザックスの胸のあたりにあるのがほんの少し新鮮だ。
しばらくそうして抱き合い、ようやく腕の緩める。いつまでも抱きしめていたいけれど、顔も見たい。
改めて、セフィロスの完璧なまでに整った白皙の面を見つめたザックスは、ふとあることを思い出す。
「そーいや、部屋の鍵……あんた開けたの?」
テレビ電話もついたインターフォンはリビングとダイニングの境にあり、ソファからは若干距離があるのだが……
「いや?お前が自分で開けたのではないのか?」
「どーやって開けんのよ」
合鍵でも持ってるんならともかく。
そう冗談めかして答える。
先日、自分の部屋の合鍵はセフィロスに渡していた。彼がザックスの部屋を訪ねてくることなどまずないのだが、それでもなんとなく渡しておきたかった。
いつでもあんたとだったら会いたいよ、そんな想いが伝われば良いと思ったのだ。
さすがにセフィロスの部屋の鍵は、セキュリティの都合上、もらえるとは思っていない。この部屋へのエレベーターがあるセキュリティエリアにザックス自身のIDカードで入れるようにしてもらえただけで充分だと考えていた。
ところが。
「置いておいただろう?」
「へ?」
予想外の台詞に間の抜けた声が出た。
その思わぬ言葉を発した当のセフィロスはと言うと、どこか気まずげな様子でザックスから目をそらす。
そして彼にしてはとても珍しく早口に一気にまくしたてる。
「お前が部屋のキーをくれたから、俺も渡したほうが良いのかと思って申請した、でもお前が帰ってくる前に俺も仕事にでなければならなかったから、お前の部屋のテーブルの上に置いておいた、お前が部屋のキーをくれたから部屋に入っても構わないのだと」
「ああ!」
ようやく事情が飲み込めた。
ザックスが突然に大きな声を出したので、長々としかしどこか支離滅裂な順序で説明を続けていたセフィロスは口を噤む。
「コレのことだよな?」
そうか、そうだったのか、と呟きながら、ザックスは財布から銀色のカードを引っ張り出す。
先ほど、ザックスは財布を手にしたまま、壁に触れた。おそらくその時、タッチパネルに触れていたのだろう。このタイプのICカードであれば、財布の中に入れたままでも作動する。
「わざわざ申請してくれたんだ?」
まだ目をそらしたままのセフィロスの顔を覗き込みながら、そう問うた。
セフィロスはさらに顔をそらして返事もしない。
「サンキュ」
「……」
ザックスの礼に応じる返事も当然なかったが、礼と共に送った小さなキスが拒まれることもなかった。