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青空の下、膝の上
On your lap
「いー天気だなー」
さほど広くはないが、それでも鬱蒼とした森の中。ぽっかりとひらけたスペースからは、見上げると真っ青な空が見える。
「さっきまで、モンスターと殺し合いしてたのが嘘みてぇ」
天を仰ぎ、眩しげに空を見上げながら、ザックスはどさりと地面に腰を下ろした。
「……大丈夫、か?」
相変わらず空を見つめたままのザックスを見下ろしセフィロスが問うた。口調にやや苦いものが混じる。
青空からセフィロスの顔へと視線を移し、ザックスは
「んー?あー、ヘーキヘーキ。もう傷もほとんど塞がっただろ」
と軽く答えを返す。
なんならお見せしますぜ?とやや巫山戯た軽口を叩く彼に、セフィロスは遠慮しておくと小さく苦笑しながら、隣に腰を下ろした。
そして、
「わざわざ森を抜けなくても、此処ならばヘリが来たところで問題ないだろう」
言外に、ここで休めとそう告げた。
「あと一時間くらいかねぇ」
「だろうな」
小型のモンスターが頻繁に村の周辺に現れるので何とかしてくれ、という地元住民からの要請に応じての出動だった。わざわざソルジャーの、それも名実ともにトップの二人が出るまでもないようなミッションだったのだが、一般兵の演習を兼ねて小隊を連れて現場に赴いたところ、予想外に手ごわいモンスターに遭遇した。この大型のモンスターが住み着いたために、小型モンスターが森を出ざるをえなくなっていた…ということだったようだ。
こうなってしまうと、演習どころではない。足手まといにしかならない兵士たちを撤退させ、二人だけがその場に残った。
撤退した兵たちはそろそろ基地に到着したころだ。戻ったらヘリを出せと命じてある。
「ふあーああ……ねっみぃ」
ひとつ大きく伸びをして、ザックスが寝転ぶ。地面には、背の低い草で覆われていて、それほど寝心地は悪くはない。
隣に座るセフィロスは、ザックスを見下ろし顔を顰める。
「血を……流しすぎたのだろう」
「ま、いくらソルジャーでも、そこまではね。仕方ねーよ」
あっけらかんと答えるザックスに、セフィロスの眉間の皺がより一層深くなる。
時に、人形じみたと言われる秀麗な面を歪め、しばしザックスを見つめた後、ひとつ息をつくと、ぽつりと呟いた。
「なぜ」
「うん?」
「自分から……怪我をするようなことを」
自分をかばったのかとは聞けなかった。
本当に微妙なところだったのだ。
明らかにザックスがセフィロスをかばったわけではない。ただ、モンスターの振りかざした長く鋭利な爪を、ザックスは避けなかっただけだ。彼の後方にいたセフィロスも、モンスターの動きには気付いていた。おそらく避けきれただろう、とも思う。
だがその前に、モンスターの爪は、ザックスの左肩へと食い込んでいた。
「別にさ、俺が避けたところで、あんたも避けただろうとは思うんだけど」
でも、なんとなく。
「万が一ってこともあるだろうし」
アンタがいくら強くたって、人間なんだし。
そう言い笑うザックスの顔を見て、ようやくセフィロスの顔にいつもの「無表情」と言われる表情が戻った。
「ザックス」
しばし落ちた、穏やかな沈黙を破って、左手で愛刀を引き寄せながらセフィロスが声をかける。声音は至って穏やかなもので、急を告げるものではない。
引き寄せたのは、愛刀に嵌められたマテリアのほうだ。
いくつかのマスタークラスのマテリアが嵌められているのだが、その一つは「かいふく」のマテリアだ。
碧の宝玉に触れ呪文を唱えようとした寸前、今度はザックスがセフィロスの名を呼んだ。
「なんだ?」
「あのさ、膝貸して?」
「……膝?」
唐突な要求に、セフィロスは意味が解らない、と言う顔をする。ザックスの意図を読み取った上での困惑ではなく、言葉の意味自体を理解できていない顔だ。
「そう……あー、足伸ばして座ってくんない?」
そんなセフィロスの表情を読み取ったザックスは、簡潔に指示を出す。セフィロスは、不思議そうな表情のまま、言われたとおりに、両足を投げ出すように座りなおす。
そしてもちろんザックスは……セフィロスの膝の上に、自分の頭を乗せた。
「ザックス?」
「こっちで良いよ。あんただって疲れてるだろ、余計な魔力使うなって」
「しかし……」
寝心地などいいはずがないだろう、そう言ってはみるが、ザックスは取り合わない。
結局、膝の上から退かせることだけは諦め、セフィロスは当初の目的だけは達せようと、低く呪文を唱えた。
「……リジェネ」
流れた血が戻るわけではないが、それでもゆるゆると失った体力が戻っていく。
「いいって言ってんのに」
セフィロスの膝の上から、彼の整った顔を見上げ、ありがとな、と囁いた。
正宗に嵌められたマテリアが、持ち主の瞳と同じ翠の淡い光を放っている。その星の色を眺め、ザックスは以前から不思議に感じていたあることを考えた。
「俺もいっこ聞いてもいい?」
「なんだ」
「その、正宗に付けてるマテリア、『何にも入ってない』マテリアだよな?」
「これか?」
嵌められた六つの宝玉のうちの一つを指しながら、セフィロスが応じた。
「いっつも付いてるよな?」
何の要素も入っていないマテリアでは、装備していたところで何の意味ももたない。殊に仕事においては完全主義を貫くセフィロスが、そんな無駄なものを身につけるはずは本来ならばない。数々のマスタークラスのマテリアを持つセフィロスだが、彼の魔力であれば、その無駄としかいいようのないマテリアの代わりに、さらに強力な召喚マテリアを装着することだって可能なはずだ。
「意味はあまりないのだが」
黒革の手袋に包まれた、しなやかな指先で、そっとマテリアを撫でる。
「なんとなく、離してはいけないもののような気がして」
「ふーん…お守りみたいなモンかね」
「どうだろうな」
ザックスの疑問は解決したような、していないような、曖昧なところではあったが、人間誰しも何となく捨てられないものの一つや二つあるものだ。
そう思い、一応の納得ができたところで、再び強烈な眠気が襲って来た。
「なぁ、俺マジで寝ていい?」
「このままで…か?」
嫌なわけでは決してないし、普段から鍛えている身体だ、ずっと膝の上に人間の頭が乗っていたところでさしたる負担ではない。だが、この状態を他人に見られるのは憚られるような気がする。
膝枕という言葉を知らないセフィロスでも、そう思う。
「ヘリが近づいたら寝てたってわかるよ」
「本当だな」
「一応これでも軍人なんだからさ。ってゆーかソルジャーだぜ、俺」
ヘリに乗っている兵士が彼らを視認するよりずっと早く、ソルジャーの聴覚ならばヘリのプロペラ音を聞きとるだろう。
「……わかった」
やや承服しかねる状況であるような気もするのだが。
大怪我とは言わずとも、それなりの出血を伴う怪我を負っていた人間に休むなと言うわけにもいかない。
間もなく、寝息をたて始めたザックスの硬い髪に、セフィロスはそっと指を伸ばした。
その三十分後。
二人を迎えるべくやって来た神羅軍のヘリに乗っていた兵士が見たものは、どんなに劣勢な戦場であっても見ることのできない神羅軍トップに君臨する英雄の困惑顔と、その英雄の膝を借りるという怖いもの知らずな神羅軍ナンバー2の実力を持つ男の寝顔であった。