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Heat exhaustion

「ただいまー……って、うわ!」

 恋人の所有する部屋の、長すぎる廊下の突き当たり。
 硝子の嵌った扉を開けると、これまた広すぎるリビングルームだ。
 だだっ広いリビングにいたのは、もちろんこの部屋の主。
 
「何?何?このサービスショット」

 リビングの床に座り込んでいたセフィロスは、その長い銀髪を高い位置で結い上げている。
 顕になった、白いうなじがザックスには眩しい。
 堪らず近づき、口付けようとしたが……既の処で止められた。
 
「ちょ……そりゃないでしょ」
「暑い」
「はい?」
「暑いんだ、だから近づくな」
「近づくなってね……」

 そんな格好しといて、んな殺生な。
 こぼれそうになる文句を何とか押しとどめ、ザックスは部屋を見渡す。

「まぁ確かにここんとこ天気悪いし湿気すごいしな」
「その割にお前は平気そうに見えるのだが」
「そりゃあねぇ慣れってヤツでしょ。まだマシなほうだぜ、こんなの。ウチの田舎、暑さも湿気もハンパないし」

 そういえばこいつはゴンガガの出だった。
 セフィロスは一度だけ、魔晄炉の視察とやらで連れて行かれたことのあるゴンガガの森を思い出す。
 その記憶に残る気候に、ただでさえ不快な、肌に纏わりつく湿気がますます濃くなったようで、眉を顰めた。

「冷房つけちゃえば?」
「……つかない」
「へ?なんで?」
「知らん」

 ガラステーブルの上に置かれたリモコンが目に入り、ザックスは手を伸ばす。
 エアコン本体へ向かってスイッチを押してみるが……
「ありゃ、ホントだ」
 振ったり軽く叩いたりしながら、何度かスイッチを押す動作を繰り返すが、機械はうんともすんとも言わない。
「どうしちゃったかね」
 ボタンを押すことを諦め、手の中のリモコンを矯めつ眇めつしていたザックスは、あることに気付いた。
 液晶パネルが真っ暗なままなのだ。
 
「セフィロス、あのさ」
「なんだ」

 これが戦場であれば、たとえ灼熱の砂漠であろうと毅然とした態度を崩さないセフィロスだが、いかんせん此処は自宅だ。返事をするのすら面倒といった風情でぐったりとしている。余程暑いらしい。
 
「たぶん、ただの電池切れだと思う」
「……電池?そんなものが必要なのか?」
 リモコンに電池が入っているなど、思いもしなかった。エアコン本体の電源さえ繋いであれば使えるのだとばかり思っていた。
「そう」
 あまりに意外そうなセフィロスの表情に、ザックスは思わず、知らなかったのかよ!という突っ込みが口元まで出かかるが、自分が此処へ頻繁に出入りするようになるまでは、ハウスキーパーが入っていたという話だった。セフィロス自身が知らなくても無理はない……のだろう、おそらく。
「予備の乾電池とか無い…よな、たぶん」
「知らん」

 リモコンの裏面のカバーを取り外し「単4、2本ね」と確認するザックスを物珍しそうにセフィロスが見つめる。
 もしかして、乾電池にはいくつかの種類や大きさがあることも知らないんだろうか…とそんな考えが一瞬頭を過ぎるが、軍で使う備品類にも電池で動くものはある。さすがにそれはないだろう、と思い直した。部下としてはそう信じたいところだ。
 
「売店行って買ってきてやるから、ちょっと待ってろ」
「ああ」

 バタバタと慌ただしく出て行くザックスを見送り、間もなく訪れるであろう快適な環境を思い、セフィロスは知らず微笑ん

 一方。
 売店で乾電池を手に入れ、セフィロスの待つ部屋へと戻る道中のザックスは、ふとある可能性に思い当たる。
 
「部屋が涼しくなったら、髪下ろしちまうよなー……うっわ、もったいねぇ」

 売り切れていた、そう嘘をついて、一日くらいあの艶姿を拝んでも……。
 いや、そうしたらきっとまた近づくなと言われるだけか……。
 ああ、でもあのうなじはヤバいよな。
 
「もしかして、暑さにヤラレてんの、俺のほう…?」

 ミッドガルの夏はこれからだ。

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