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失くし物のプレゼント
Re-birthday present
急なミッションの予定が入った。
詳細なスケジュールを確認するためのカンファレンスで告げられた予定は、明日早朝の集合、出発。これでは今夜の予定はキャンセルしておいたほうがいいだろう、と思う。
自分のために時間を割いてくれるのだから、こちらから断わりを入れるのも申し訳ない話ではあるのだが、ミッションが入ったと言えば、おそらく向こうも中止にしようと言うだろう。いい加減なように見えて、仕事はきっちりとこなすタイプの男だ。
携帯端末を取り出し、相手の番号を呼び出したちょうどその時、背後から声をかけられた。
「クラウド!」
「……ザックス」
今まさに連絡をしようとしていた相手が目の前に現れ、端末を耳に当てたポーズのまま、クラウドは固まる。
ザックスと共にいたのは……あの、神羅の英雄、だった。
一般兵の集団の中にまぎれて、遠くからならば何度も目にしていたセフィロスが、いる。
遠目からでも目立つ、銀の流れるような長髪、優雅に裾の翻る黒のロングコート。憧れ続けた姿が、そのまま自分の前にある。
夢のようなこの状況が現実らしいと認識したクラウドは、ようやく此処に至って自分がまだ端末を耳に当てたままの体勢であったことに気付き、慌てて端末を仕舞いこむと、セフィロスに向かって敬礼する。
「し、失礼致しました、サー!」
「いや、何も失礼なことは」
無いのだが、とやや不思議そうに呟くセフィロスへ、まぁ気にすんなって、とザックスが気軽に言う。
「そんなキッチリしなくて良いって、クラウド。現場以外でそーいうことされるの、こいつ結構苦手だから。な?」
ニッカリと笑いながら、クラウドとセフィロスの両名を面白そうに見比べた。
セフィロスは、ふんと若干むくれたような表情でザックスから視線を反らそうとする。
そんなセフィロスを、クラウドは思わずじっと見つめてしまった。
意外だった。こんなどこか幼い顔をする人だとは思わなかったのだ。
不躾な視線に気付いたのだろう、セフィロスが少し困惑を含んだ顔でクラウドを見る。そして淡い桜色の、唇がゆっくりと開く。
「普通にしていてくれて構わない」
「はっ」
そうは言われたものの、悲しいかな、数多いる一般兵の一人でしかないクラウドにはどうしたらいいのか解らない。
相変わらず緊張したままのクラウドに、セフィロスは首を小さく傾げ、そしてザックスへと向き直る。
「ザックス、俺は先に戻っているから」
「あー…うん、ちょっとだけ話したらすぐ俺も行くから」
じゃあ、と歩き出そうとするセフィロスの姿に、クラウドはもしかして気を使わせたか俺、と思い到った。
いや、どんな態度を取ったら良いのか解らないのは本当だし……
「あ!ちょっと待った!」
しまった…と後悔を始めたクラウドを、ザックスの大声が引き戻した。
数歩離れたところでセフィロスも振り返る。
「やっぱ、もちっとつきあって」
何を言い出すのだろう、とクラウドはザックスの顔をぽかんと見つめた。セフィロスは不思議そうな顔をしながらも、彼らの元へと戻ってくる。
二人を見比べながら、ザックスは最高のいたずらを思いついた悪ガキのような笑みを浮かべ、クラウドへ素早く耳打ちした。
ザックスの言葉に、クラウドは一瞬目を丸くする。
何を?と問う前に、戻ってきたセフィロスの前へと、ザックスはクラウドの背を押しやった。
「ちゃんと紹介しとくわ。これがクラウド。いっつも話してただろ」
「あぁ……」
納得したようにセフィロスが頷く。
一方、クラウドは、頭の中が軽くパニックだ。
いつも話してたって、何を?
セフィロス、俺のこと知ってるってことか?
一体何を話したんだ、ザックス……
混乱するクラウドの前に、白い手が差し出された。
いつも嵌めている黒革のグローブを外した、セフィロスの手。
美しい、としか形容のしようがない、まるで大理石で出来た彫刻のようだと思った。
「クラウド・ストライフです……お目にかかれて、光栄、です」
差し出された手に触れると、暖かかった。
当たり前のことなのだけれど、人の、体温の暖かさだ。
「こっちがセフィロス……ってのは省略でいいよな。よーっく知ってるもんなー。憧れの人だし?」
「ザックス!」
おどけて言うザックスへ、批難の声をクラウドは上げた。本人を目の前にそんなことを…と思い、英雄の顔を覗うが、考えて見ればこんなことはよくあることなのだろう、
「そうか。よろしく、クラウド」
と静かに言い、そっと暖かい手は離れていった。
ちょっと残念に思う。もう少し、触れていたかった、そんな気がした。
「んで、さ。今日、こいつ誕生日なんだわ」
めでたいだろー?とザックスが続ける。
わざわざそんなこと言わなくても……とクラウドは思うが、ザックスは意に介しない。
セフィロスはと言うと、そう、と小さく呟きザックスをちらりと見やる。そんなセフィロスにザックスは小さく頷き返すと、口元に先ほど差し出された白い手を持っていき一瞬考えた後に、口を開いた。
「おめでとう、クラウド。良い一年になることを、願っている」
「あ、ありがとうございます!」
まさか、あの英雄に祝ってもらえるなんて思わなかった。
嬉しい。
まるで子供のようだとは思う。だが、純粋に嬉しい、と言う言葉しか思いつかない。
本当に憧れ続けた人だった。
母子二人きりの家だったのに、母親一人を何もない村に置いてきて。故郷とは何もかもが対照的な、都会にたった一人で。
それでも近づきたい人だったのだ。
だが、村を出てミッドガルへ来て二年余り。結局ソルジャーにはなれなくて、心のどこかで、諦めていた。
そんな自分に、ふと気付く。
英雄に憧れていた、昔の自分を思い出した。
「良かったなー、クラウド」
がしっと肩を抱かれ、ザックスが言う。ありがとう、と小さく言うと、わしゃわしゃと髪を掻き回された。
「悪いんだけどさ、俺らこれからミッション出なきゃいけないんだ。今晩の約束、キャンセルな。ほんっと悪い」
「いや、俺も明日早くからミッション入ったから」
「んじゃ、戻ってきたら連絡するわ、埋め合わせはするからさ」
「解った」
「頑張れよー!」
ひらひらと手を振りながら、ザックスが去っていく。
その隣には銀の英雄。
何事かを話しながら、ザックスが笑い、セフィロスもまた微笑んでいるのが解った。
ザックスがセフィロスと親しいのはソルジャーのみならず一般兵の間でも周知の事実だ。英雄に取り入る田舎者ソルジャーが、とザックスを嫉み、陰口を言う人間もいれば、逆に英雄がザックスを手放さないらしい、という噂もある。
ザックスと親しいということを知った兵士仲間に焚きつけられ、どちらが本当か、とそれとなくザックス本人へ聞いたこともあるクラウドだったが、その時のザックスの答えは
「どっちもかな。んー、でもどっちも違う気もするな」
という訳の解らないものであった。
いずれにせよ、ザックスが英雄に一番近いポジションにあることは誰の目にも明確だったし、仕事の枠を超えたプライベートな部分でも親しいのも本当のことのようだった。ザックスの話には、よくセフィロスの話題が出る。どちらかと言えば、想像もつかないような英雄の素顔の話。
しかし、その親しいところを実際に目の当たりにするのは、クラウドにとっては初めてのことであった。
凄いな、とただ感心する。
廊下の角を曲がり二人の姿が見えなくなるまで、その背をクラウドは見送った。
「プレゼントの前渡し、か」
ザックスが耳打ちした言葉。
確かに、良いものをもらってしまった。
差し当たっては明日のミッション、久々に気合を入れて望めるだろう。
いずれ戦場で、あの人たちの側に行けるように。
見失っていた夢を、贈られた日だった。