247

gallery≫novel

Now and Then -at this point-

「面倒くせぇ」
「仕事なのだから仕方ない」
「それはそうだけどさ」

 滅多に袖を通すことなどない黒のジャケット。こんなもの肩が凝るだけだとザックスは思う。
 だいたい自分に似合うはずもない。
 軍の礼装でさえ、自分にはまったく合っていない自覚がある。それなのに、モーニングコートなど……最早お笑い種でしかない。そんなこと鏡を見なくたって解るというものだ。
 何故こんなものを着なければいけないのか。
 そう思うのだが、目の前の上官兼恋人が言うように、仕事なのだから仕方がない。
 早い話が護衛ミッションだ。社長を筆頭に、数名の重役が出席するパーティ。危険があるなら警備のしやすい建物内で行えばいいものを、真っ昼間からガーデンパーティなどとどこから狙われるか解らないようなことをするという。
 だいたい、護衛任務なぞソルジャーではなくタークスの仕事だろうと思うのだが、結局のところ襲撃を牽制する意味でこちらに振られたようだった。しかしそういう目的でもセフィロス一人いれば十分牽制になるだろうとも思うのだが、気がつけば何故かザックスも任務にあたることが決まっている。まったくもって納得のいかない話である。
 その上、主催者側の希望だとかで、式典だ何だと折に触れ袖を通す機会のある軍礼装ではなく、一般的な礼装での出席を求められ、現状に至るのであった。
 現状即ち着替えの最中である。

「コレ絶対、ある種の罰ゲームだろ」
「仕事だ」
「あんたはいいよ、こういう格好似合う……」

 文句を言いつつ振り返ったザックスは一瞬言葉を失う。
 セフィロスにこういった礼装の類が似合うことはよく解っている。
 解ってはいるのだが……やはり普段の格好に比べれば見慣れないことは確かで、そんなものを間近で見てしまえば一瞬見とれてしまうのだ。

「似合う、よな……ホント」
 
 惚れた弱みだろうか。
 次に思うことはあまりに狭量な我が儘だ。
 正直なところを言えば、このままパーティなどに出席させるのは阻止したい。
 こんな姿を人目に晒すのはハッキリ言って嫌だ。もったいない。自分以外に見せるのは我慢がならない。

「……納得いかねぇ」

 何もかもが。
 そう改めて思ったザックスはがっくりと肩を落とすと、深いため息をついた。

「ザックス」
「何よ」
「顔を上げろ」
「はい?」

 頭上から降ってきた声に促されるまま、声の主の顔を見ようと伏せた面を上げると、いつの間にやらすぐ目の前に来ていたセフィロスがすいと両手を差し出す。
 そのまま白い手はザックスの喉元へと伸ばされ……長い指が無造作にタイを解いて行く。

「な、ど……っ、どうしちゃったの、イキナリ?」
「何がだ?」

 するすると解けていくタイとセフィロスの顔とを交互に見やりながら、ザックスは驚きの声を上げた。
 こんなことは「そういう雰囲気の寝室」ですらされたことはない。

「いや……嬉しいんだけどさ、仕事だってアンタ散々……」
「タイくらいきちんと結べないのか?」
「あ?」

 あっさりとタイを解いたセフィロスは、解いたそれを再び結び始める。

「あ……そーゆーことですか」
「何がそういうことなんだ?」
「いーえ、何でもないです……」

 しゅっしゅっと布が擦れる音が響き、瞬く間に先ほどとは比べるもないほどに整えられた形にタイが結ばれた。

「……意外」
「……?」

 ぽつりとザックスが声を漏らすと、セフィロスが何だ?と言うように首を傾げる。

「いや……どっちかってーとアンタ不器用だろ」
 遠慮のないザックスの言葉にセフィロスが微かにむっとした顔をする。おそらくはザックス以外には解らないであろう、本当に微かな変化なのだが。
「怒るなよ、本当のことだろ。…まあそれはともかくさ。自分のは出来て当然だと思うよ、結構よくパーティだなんだってアンタ行くもんな」
 でもさ。
 そこで一旦言葉を切り、たった今セフィロスが結んでくれたタイを鏡で確認する。
「人のネクタイ結ぶのって意外と難しいんだよ、左右逆になるだろ。わかんなくなるんだよな」
 鏡越しにセフィロスが、そういうものか?と答えるのが見える。
「セフィロス両利きだからかねぇ」
「あまり関係がない気もするが」
「自分で言っときながらアレだけど、俺もそう思う」

 あまりに適当なザックスの言葉に、ふっと二人同時に苦笑が漏れた。

「そろそろ時間だな」
「ああ」
「セフィロス」
「……?」
「サンキュな、これ」

 ザックスは綺麗に結ばれたネクタイを指し示す。

「ああ」
「で、さ。…………」

 次は解くとこまでにして欲しいんだよな。今日の夜にでも、早速。

「……い、意味が解らない……っ」

 赤くなった顔を隠すように、セフィロスが左手で口元を覆う。
 ジャケットの袖口からは瞳と同じ色の翡翠のカフリンクスが覗いていた。

↑Return to page-top