gallery≫novel
君の笑顔
face like a your smile
「点灯式?…………ああ、ツリーの…………へぇ……それはそれは」
電話の相手は、友人なのだろう。
ツリーだの点灯式だのと言った会話の端々から想像するに、おそらくはあの一般兵の少年。クラウドと言っただろうか。直接対面したことは無かったが、遠目からならば幾度か見かけたことがある。ザックスと談笑していた彼は、遠くからでもよく目立つ金の髪をしていた。
八番街の広場にある大きなモミの木には毎年冬になると電飾が付けられライトアップされる。
神羅が主催するそのイベントは毎冬の開始時に大々的な点灯式が行われ、警備に一般兵とクラス3rdのソルジャー数名が駆り出されることになっている。
イベントにも、警備体勢にもまったく異論が無ければ興味も無いのだが、一応は軍の責任ある立場にいるセフィロスである。そんな些末なことであってもソルジャーが参加しているということで報告だけは上がってきていたように記憶している。甚だ曖昧な記憶ではあったのだが。
「まぁ頑張れよ」
セフィロスがぼうっと大して内容のない考え事をしている間に、話は済んだらしい。労いの言葉で通話を締めくくったザックスが携帯端末をポケットへ押し込みながらソファへと戻ってきた。
座ったまま話せば良いだろうにといつも思うのだが、部屋にいるときに電話がかかってくると、なぜかザックスは窓際へと歩いて行く。そのまま窓越しに外を見たり、壁にもたれて部屋の中を見たり、セフィロスに手を振ったり……電話の間中、落ち着き無く動き回っている。セフィロスには不思議でならないのだが、未だその理由を訊いたことはない。
「八番街にさ、毎年ツリー飾ってるだろ?」
「ああ」
「あれの点灯式が明日で、警備の担当なんだってさ。ああ…電話、クラウドからだったんだけど」
「そうだろうと思った」
「もうすぐなんだな、聖誕祭。久しぶりにミッドガルに帰ってきたからなぁ……気がつきゃ冬だったってカンジだな、今年は」
ザックスの言葉に確かに、とセフィロスは頷く。
なぜか秋からこちら、各地の基地や前線を転々としていたのだ。
戦争が終わったとは言え、すぐに平和が訪れるわけではないのは当たり前なのだが、ウータイで反乱部隊の鎮圧に当たったかと思えば、ミディールに視察に行くカンパニーの上役の護衛に就かされ、その後はコレルへ行き最近持ち上がった魔晄路建設に反対する勢力の武力蜂起を一掃。さらにジュノン基地にしばらく滞在することになり……ととにかくミッドガルにいる時間がなかった。
合間合間に戻ってくることはあったのだが、それもせいぜい二日間ほどのこと。また慌ただしく現場へと向かうことになる。
救いがあったとすれば、大半のミッションにザックスが同行したということだろう。
「このまま何も起こらなければ年内はミッドガルにいられるはずだ」
「俺が?それともあんたが?」
「俺もお前も」
「そっか」
そりゃあ良かった。
そう言いながら人好きのする笑顔を満面に湛えたザックスがこちらを見た。
ザックスはとても解りやすいとセフィロスは思う。
考えていることがすぐ顔に出るタイプなのだろう。いや、表情だけでなく、全身で感情を表現する。
楽しい時は満面の笑みを浮かべ、悔しい時には地団駄を踏む。嬉しいことがあれば飛び上がらんばかりに喜ぶし、悲しいことがあれば他人よりはずっと大柄な背を丸めて床に座り込んでいたりする。
セフィロス自身、子供の頃から大人ばかりに囲まれていたが、表情がまったく変わらず何を考えているかさっぱり解らないような人間も多くいた。
また、セフィロスの前では、普段とまったく違う態度を取り繕う人間もたくさん知っている。故意に変える人物もいれば、無意識に変える人物もいて、ひどく厄介だと思う。
いずれにせよ、他人という存在はセフィロスにとってはとても解りづらく、だから自分からはあまり積極的に関わらないようにしてきた。
「ミッドガルにいられるんだったら、ツリー見に行くのも良いな」
「そうだな」
「お?…珍しいじゃん」
「何がだ?」
「いや…あんたあんまり出かけるの好きじゃないみたいだったから」
「確かにあまり好きではないが。だからと言って、人が出かけるのを止める権利は俺にはない」
「ええっと……あのさ、それって行きたきゃ勝手に行けってこと?」
ザックスが少し困ったような顔をしている。
何かおかしなことでも言ってしまったのだろうか、とほんの少し不安になった。
「俺はね、出来ればあんたと一緒に行きたいなって思ってるんだけど」
「……ああ、そういうこと、か……」
これほどたくさんの時間を共有した相手はザックスが初めてだった。
共にいる多くの時間、彼はたくさんの笑顔を見せてくれる。
それはとても嬉しいことなのだが、同時にセフィロスはザックスが自分以外の人間と笑いあっている場面を見るのも好きだった。
例えば先刻のように、クラウドと電話で話しながら笑っているザックス。
ザックスの見せる笑顔は、自分に笑いかけてくれる時のそれと同じで、そのことにどこかほっとする自分がいることをセフィロスは知っている。
自分は面白味などまったくないつまらない人間だ。
そんな自分にもザックスは笑ってくれる。
その笑顔は偽りでは無い。
他のザックスの親しい人たちに見せるものと同じものだからだ。
「やっぱすっげぇ人だわ」
聖誕祭直前の週末。
結局、危惧していたようなトラブルはなく、あれから二人は共にミッドガルに留まっていた。
壱番街へ買い物に出て、道すがら、先日会話に出たツリーのことを思い出した。
そう遠くもないし、ということで八番街へ向かう道を歩いていたのだが、ある程度予測はしていたとは言え、その予想を上回るような人出である。
「広場の手前でこんだけ混んでるってことは、広場は相当な人だよな」
「おそらく」
「……止めとくか」
時折すれ違う人がこちらを凝視しているから、まったく気付かれていないわけではないのだろう。だがさすがにこの人混みでセフィロスがいるということが大々的に知られるとまずい。
自分がいるというだけでどうしてそう大騒ぎになるのかがセフィロスには未だ根本的によく解らないのだが、しかし騒ぎになるのがあまり好ましくないことは確かだった。
ザックスの言葉にひとつ頷くと、広場に背を向け、来た道を戻る。
少し拗ねたような、それでいて情けないような顔で、ザックスが
「残念だったな」
と言う。
「ああ」
とだけ答えた自分は、おそらくいつもと同じような表情をしているのだろう。
だが、残念だと思ったのは本当だ。
ミッドガルには長く住んでいる。ツリーを見たこともあったのだが、それはミッションの途中にたまたま通りかかっただけだったり、八番街の広場を通らなければいけない場所に出かける道中たまたま目にしたというだけのことだった。
ツリーを見る、という目的を果たすためにツリーを見たことは一度もなかったのだ。
先日の様子から、ザックスがツリーを見たがっていることは解っていた。
本当に見られたら、ザックスはきっと本当に嬉しそうな顔をするに違いない。
その笑顔を見られないのは残念だと、セフィロスはそう思った。
「……セフィロス?」
先日の会話を思い出してぼうっとしていたらザックスに名を呼ばれた。
考え事をしていたことをごまかそうとして、けれども思っていたことが逆に素直に口に出てしまう。
「確かに残念だったな」
「……そう、だなぁ」
セフィロスの答えに、一瞬怪訝な顔をしたザックスは、その表情を一瞬で消し去るとすぐに苦笑を浮かべて、仕方ないな、と大げさに首をすくめた。
世間がお祭り騒ぎであっても、当たり前に仕事はある。
ミッドガルを離れるような仕事のないここ最近は、本社で会議に出たり、書類仕事に追われたり、時にはミッドガル近郊で演習を行うこともあった。
聖誕祭前日。
朝からずっと会議と打ち合わせに始終した一日だった。
あまり建設的とはいえないようなそれらをこなし、気付けば夕刻を過ぎている。
会議を終え、皆が慌ただしく部屋を出て行き、残されたのはセフィロスだけだった。セフィロスにはこの会議が本日最後の仕事で、あとはもう部屋に帰るだけだ。
ザックスは先に戻っているだろうか。
ミッドガルにいる間、演習などのミッションは共にあたることが多いのだが、さすがに会議となると同席するようなことはさほど多くはない。
ミッドガルを離れていた時のほうが、長い時間を共有していたかもしれないな、と思う。
「あ、いた」
ノックもせずに会議室のドアが開けられた。
顔を覗かせたのは、今まさに考えていた相手その人だ。
「ザックス」
「会議終わった?今日もう上がりだよな?」
「ああ」
「よっしゃ。じゃあちょっと付き合って」
「……?」
すぐそこだから。
そう言い、ザックスは歩き出す。
隣に並ぶと、今日あった出来事を話し始める。
ミーティングでの少し納得がいかない点をやや不満そうな顔で語り、トレーニングルームで出会った後輩ソルジャーとの間のおかしなやり取りを笑いながら話す。
エレベータに乗り、また歩き、そうして到着した場所は、
「此処…か?」
「そ」
「何故?」
「まぁまぁ」
そうザックスはセフィロスを宥め、ポケットから取り出したキーでドアの……ミッドガルでは自宅の次に長い時間を過ごしているであろう場所、つまりはセフィロスの執務室のドアの鍵を開けた。
先に室内へ入ったザックスが、そのまま一直線に部屋の南西にある大きな窓へと駆け寄る。
続いて室内に入ったセフィロスがドアをゆっくりと閉めると、窓際にいるザックスが手招きをした。
「こっち」
「……一体何が……」
「あれ」
ザックスは窓の外のある一点を指し示す。
方向的には壱番街から八番街あたりになるのだろう。
たくさんのビルが建ち並び18時過ぎのこの時間では大半の窓はまだ明るい。通りには街灯が点り、ところによっては冬らしく街路樹に電飾を取り付けた場所もある。大通りを行き交う車のライトが交差している。
日が落ち、すっかり暗くなったはずなのだが、ミッドガルにはたくさんの光が溢れていた。
その中で、一際目を引く、明るい場所。
ザックスの指し示す先はそこだった。
「わかる?」
「あ……」
ツリーが見える。
「ここから見えるの、知らなかっただろ?」
ザックスが得意げに笑った。
「こないだ見れなかったからさ。ちょっと遠いけど、でも悪くないよな」
「そうだな」
今度はちゃんと笑えただろうか。
隣のザックスをちらりと見ると、視線が合って、ザックスがへへっとまた笑う。
あのとき見られなくて、残念だと思っていた、ザックスの笑顔。
その笑顔を見ているうち、セフィロスはふっと笑う自分の声を耳にした。
↑Return to page-top