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ビターショコラ
Bitter Chocolate
一緒にいるといつの間にか似てくるっていうハナシを前にどこかで聞いた気がするんだけど。
本当に似てくるかはともかく、ある程度影響は受けるよなぁと俺は思ってる。
たとえば、食事。
一緒にいる時間が長くなれば長くなるほど、一緒にメシを食う機会が増える。別に相手に合わせてるつもりは全然ないんだけど、気付いたら自分の食生活は随分変わってた。
昔はしょっちゅう口にしてたジャンクフードを最近食ってないなって思ったり、この前に缶コーヒーを飲んだのがいつだか思い出せなかったり、そんな小さなことだけど、でもトータルで見れば結構な変化だ。
もう一つ、食生活に関して大きく変わったことがある。
俺はこいつと一緒にいるようになって、料理を作るようになった。
元々、料理が出来ないわけでもなかったが、やっぱり面倒で、入社したばっかのころや3rdのころは社食や寮のメシに散々世話になったし、ソルジャーになってそれなりに名前が売れてくるようになると、外食が増えた。
それが一転、1stになってセフィロスと一緒にいる時間が増えた途端、ミッドガルにいる間の食事は大半が俺の手料理になった。
あまり外出が好きではないセフィロスだから仕方ないと言えば仕方ないんだけど。
なんて言ってみたりもするが、実は料理を作るのはそれほど苦でもなかったりする……というか、嬉しい、が一番近いと思う。
普段、口数は少ない上に、何がしたいあれが欲しいというようなことを全くと言って良いほど口にしないセフィロスが、「何が食いたい?」って聞くと、「この間お前が作ったシチューが美味かった」なんて言ったりするんだ。嬉しくないわけがない。
ということで、俺は今もだたっ広いセフィロスの部屋の、無駄に高機能なキッチンに立っているのだった。
「適当でいいぞ?無農薬栽培らしいし」
俺の隣では、セフィロスがやけに真剣な顔で苺を洗っている。
こいつといるようになって俺も変わったが、変わったのはこいつも同じだ。
元々家事なんてする必要もなければするように言われたこともないようなヤツだが、最近のセフィロスは俺がキッチンにいるとついてくることが多い。
ただ残念ながらセフィロスはお世辞にも器用とは言い難い。
刃物の扱いには慣れてるだろうから、野菜を切るくらいは出来るだろうと包丁を持たせたら、それはそれは見事なお手本のように上段に構えて人参をぶった切ろうとしたので慌てて止めたことがあったくらいだ。
いくらセフィロスが綺麗でもか弱い女の子ってわけでもないし、ましてや本職の軍人だし、ちょっと指先を切るくらいなら心配もしないんだけど。いくらなんでもあれは下手したら腕の一本くらい切り落とすんじゃないかと流石の俺も怖くなったので、結局それきり一度も包丁は持たせていない。
あれこれと手伝う事は出来ないが、料理をする俺を(というか俺の手元を)熱心に見ているあたり、興味はあるんだろう。せっかくなので、簡単な手伝いを最近はさせている。
戦場で見るのとは違った意味で緊張した表情のセフィロスが、真っ赤な苺を洗っている姿は本気で可愛いと思う。
「ザックス、終わった」
どこか満足げな顔でセフィロスが声をかけてきた。
こいつは思ってることを全然口に出さないし、周囲からは無表情だと思われているし、たぶん本人もそう思ってるみたいだけど、慣れればそれなりに表情は読める。もっともたまに突拍子もない行動にでたりするのは、やっぱりまだ読み切れないけど。
「ん、サンキュ。そしたら、皿にでも載せてあっち持ってって」
「わかった」
「俺のほうももう終わりだから、座ってていいよ」
さっきからかき混ぜてる鍋からは甘ったるい匂いがしている。
中身はチョコレートだから当然だ。
「おまたせ」
溶かしたチョコレートが入った鍋を持ってリビングに行くと、一口大にカットしたフルーツやらサイコロ状に切ったバゲットやらが並んだローテーブルのそばにセフィロスが座っていた。
フローリングに直接にぺたりと座り込んでいるのが可愛らしい。
本人に言うと不満そうな顔をするだろうから言わないけど、床に座ったセフィロスが俺を見上げている姿は俺のお気に入りのひとつだ。いっつも見下ろされてるからだろうか……ってそれほど身長差があるわけではないんだけどでもやっぱり気にはなる。
妙に期待のこもった眼差しで見つめられて照れるんだけど、たぶん相手は俺じゃなくて鍋のほうなんだろう。
クールそうな見かけに反して、セフィロスはもの凄い甘党だ。
で、今日のデザートメニューはチョコレートフォンデュ。
たまには食事じゃなくてデザートのほうに凝ってもいいかなと思って作ってみた。さすがにケーキなんかは焼けないけど、これくらいならなんとかなる。
前にチーズフォンデュはやったことがあったんだけど、その時いつかチョコレートでもやってやろうと思ってた。きっと喜ぶだろうとは思ってたけど、予想を上回る好感触だ。
「好きなもん、つけて食べなよ」
促してやると、セフィロスはさっき自分で洗った苺を串に差して鍋につっこむ。
若干手つきが危なっかしい気もするけど、まぁいいか。
普段の食事とは違ってこういう風に自分で何かして食べるってのは珍しいから、なんとなくセフィロスは楽しそうだ。
俺より年上だけど、なんか子供みたいでホント可愛い。
「……っ!」
チョコレートをたっぷりつけた苺を口に入れたセフィロスが眉をしかめた。
「どした?」
一応聞いてやったけど、たぶん……
「口ん中、火傷しちゃった?」
セフィロスは大丈夫だと言いたいんだろう、小さく首を振ってるけど、涙目になってる。
溶かしたばっかりのチョコレートだ、意外と…かなり熱いはずだ。
「口開けてちょっと見せて」
そう言ったら、素直に口を開けた。
唇にチョコレートがついてる。
別に俺は甘党ってわけでもチョコが好物ってわけでもないけど、すっごく美味そう。
「ザックス!」
ぺろっと舐めてあげたら、まだ涙目のままのセフィロスに睨まれた。
だから、そのままキスして文句を塞ぐ。甘い、甘い、チョコレート味のキス。
こんなあまーい、チョコレートみたいに溶けそうな夜もいいじゃない?
長いキスの後、笑って言ったら、セフィロスは
「これを食べてからだ」
クールな顔で、でも耳だけ苺みたいに真っ赤になってそう答えた。