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Love Blanket

 不意に明かりが消え、暗闇の中に取り残されたちょうどその時、倉庫にいたことは、まったく不幸な偶然だった。

 段ボール箱を抱えたザックスと廊下ですれ違い、何事かと尋ねてみると、需品課の倉庫まで運ぶのだと言う。需品課あたりの顔見知りだった女子社員にでも頼まれたのか、もしかしたら自分から運ぶと言い出した可能性も捨てきれないが、なんとなくセフィロスはザックスについて行ってしまったのだ。運び終わったら帰るとザックスが言ったので、セフィロスもちょうど帰るところだったし、共に帰ろうとはっきりと考えた訳ではなかったのだが、とにかく、思わずついて行くことを選んでしまった。
 そうして倉庫に到着し、ザックスが抱えていた箱を床に置いたその瞬間、突然明かりが消えたのだ。

「停電か?」
「なんかあったかな?」

 二人揃って携帯端末を引っ張り出す。
 暗闇に液晶のパネルがぼうっと光るが、緊急収集を告げる着信の気配はまったくない。本社が某かの襲撃にあっているというような事態ではないらしい。
 互いに顔を見合わせ、首を捻る。
 明かりが復旧する気配はない。

「ちょっと聞いてみるわ」

 セフィロスにそう告げると、ザックスは端末を操作して友人の連絡先を呼び出す。
 その姿を視界の端にとらえながら、セフィロスは、出入り口へと向かう。
 ドアの開閉センサーに触れてみるが、ドアは動かなかった。

「工事車両がうっかり送電線切断したらしいってさ」

 ドアを開けることを諦め、こちらへ戻ってくるセフィロスに、ザックスがたった今友人から電波越しに仕入れた情報を伝える。
 まだ建設途中のミッドガルではあちらこちらで建設工事が進められている。そのいずれかの場所で、ミスがあったようだという話だった。

「このエリアの復旧は……一番最後だろうな」
「だろうなぁ。仕方ねぇよ、ただの倉庫だし」

 科学部門やソルジャー部門の中枢など、神羅の根底に関わる部分はとっくに非常電源に切り替わっているだろう。復旧もそういった重要箇所から行われる。軍需用の倉庫ならともかく、ここは要らなくなった備品の保管庫だ。当然、明かりがつかなくても、ドアが開かなくても困りはしない。
 ただし、人が閉じ込められていなければ、の話だが。
 
「やれやれ」
 壁にもたれて、どさりとザックスが床に座り込む。セフィロスは、倉庫内に置かれた様々なものを興味深げに眺めている。
 ソルジャーの視力は常人より遙かに良い。さらに夜目も利く。この程度の暗闇ならばさほど問題にはならない。

「セフィロスさー、今日は何してたんだ?」
「一日オフィスにいた」
「へー。肩凝るよなー、書類仕事は」
「そうでもないが」
「そ?俺はさ、演習だったぜ」
「そうか」

 暗闇は問題なくとも、閉じ込められているという閉塞感は少なからずある。これがミッションであれば、何時間であっても狭くて暗い場所に閉じこもることなど造作もないが、今はミッションでもなんでもない平時だ。
 セフィロスからの返事は素っ気ないが、いつものことだから気にしない。閉塞感を少しでも打破したくて、ザックスは取り留めない話題をセフィロスに次々と向けた。

 閉じ込められて数十分もすると、次第に部屋の気温が下がってくる。停電なのだから、明かりと同時に空調もダウンしたのだろう。
 真冬のこの時期、寒冷地帯というわけではないが、ミッドガルもそれなりに寒い。
 コンクリートの床や壁から伝わる冷気に耐えかねて、ザックスは立ち上がった。
 すると、今までずっと倉庫内を物色していたセフィロスが、ザックスとは入れ違いに壁に背をあずけて座り込んだ。

「何持ってきたんだ?」

 すぐ隣にやってきたセフィロスが、何かを手にしているのに気付き、ザックスは声を掛ける。
 
「毛布だ。そのへんの荷物の中に入っていた」
「マジで!良いモン見つけたじゃん!」

 膝を抱えて毛布にくるまっているセフィロスの隣に、ザックスも再び腰を下ろした。そして、毛布に手を伸ばす。
 
「俺も入れてよ、ココ、マジで寒い」
 当然、了承の返事があって、二人で仲良くくっついていられるなんてラッキーだと内心思ったザックスだが、
「断る」
間髪いれずに返ってきたのは、倉庫内の寒さにも負けないほど冷たい答えだった。
「なんで!?」
「二人で入ったら狭いし、寒い」
「…………」

 にべもない拒絶の返事に、ザックスは沈黙するしかない。
 確かに、平均よりはずっと大柄な男二人で一枚の毛布を使うのは無理がある。多少、手足がはみ出るに違いない。それはそうなのだが……だからと言って、はいそうですかと納得できるわけがない。

「スクワットでもしていろ。得意だろう?」
「……つめてぇ……」

 未練がましくセフィロスを睨み付けてみるが、そんな視線など何処吹く風で、セフィロスは毛布を身体に巻き付け直す。長い間、倉庫に放置してあった毛布は埃っぽくて、黴臭いのだろう。眉間に皺を寄せているが、寒さには勝てないらしい。
 そんなセフィロスを横目で眺めながら、ザックスは言われた通りにスクワットを始めた。暖を取るにはこれが一番手っ取り早い。1、2、3…と声に出して数えながら、膝を折って伸ばしてを繰り返す。
 そういえば、夜、同じベッドで寝ている時にも似たような事が何度もあったな、とザックスは思う。二人で寝ていると、いつの間にかセフィロスが毛布を独占していることがあるのだ。半分寄越せと引っ張ると、いやだとばかりに引っ張り返される。
 空調の整った環境で育っているせいか、基本的にセフィロスは寒暖に弱い、と最近のザックスは認識している。ミッション中であれば決してセフィロスはそんな素振りの片鱗も見せないのだが。
 
「99、100っと……まぁ、俺、だけの、特典、だよなっ」
「なんだ?」
「なんでも、ない、110っ!」

 そうか、とセフィロスは呟いて、また毛布に顔半分まで埋もてしまう。そんな彼を見て、可愛いなぁと思いながらも、ザックスはスクワットを続ける。だんだんと身体も温まってきた。 
「199、にひゃくっっ!ふあーっ!」
 1セット終了!と床にぱったりと寝転ぶ。運動して火照った身体にコンクリートの冷たさが心地良い。

 ……くぅ。

 ふいに頭上で小さな音がした。
「セフィロス?」
「なんでもない」
「もしかして、腹減った?」
「そんなことはない」

 ザックスは寝ていた床から勢いをつけて跳ね起きると、セフィロスの顔を覗き混む。顔を見られるのを嫌がり、セフィロスは毛布をさらに上に引っ張り顔を隠してしまう。
 
「これやるから顔出せって」
「…………」

 ポケットから何やら取り出すと、ザックスはセフィロスの前に差し出す。ザックスの言葉につられて、セフィロスは目の下まで毛布を下ろした。
 直後、ザックスは出来た隙間に手をかけ、がっと一気に毛布を下ろす。ようやく全部が晒されたセフィロスの顔を見て、にっと笑うと、口の中に何かを押し込んだ。

「……む……」
「チョコレート。ここに荷物運んでやるお礼にって貰ったんだ」

 もぐもぐと咀嚼するセフィロスの様子を見つめながら、ポケットから残りの菓子も取り出した。
 
「これもやる」
「……」
「だからさ、毛布入れてくれよ」

 交換条件だと取引を迫ると、少しの沈黙の後、
「…………いやだ」
とセフィロスはまた首を振った。
 だが、その視線がザックスの手に注がれているということは、チョコレートに未練があるのだろう。しかし毛布は離したくない、ということか。
「じゃあ、これは俺が食う」
 セフィロスの言動が面白くなってきたザックスは、からかい半分でチョコレートを取り上げる。
「それはずるい」
「なんでだよ」
「卑怯だ」
「だから交換条件だって」
「いやだ」
「じゃあ俺だってイヤだ」
「……あ」

 巫山戯ながらの押し問答を繰り返していると、ふっと明かりが灯り、空調の低い機械音が戻ってきた。
 
「戻ったな」
「みたいだな」

 倉庫の出入り口へ向かい、開閉センサーに手を翳す。
 シュン!と聞き慣れた音ともに、扉が開く。
 
「やーれやれ、やーっと解放されたな」
 倉庫の外に出て、ひとつ大きな伸びをする。
 セフィロスも続いて倉庫から出てきた。
「さて、我が家に戻りますか!」

 こくりと頷いたセフィロスのコートのポケットに、残ったチョコレートを突っ込むと、ザックスは晩飯何にしようかなあと声を上げながら、自室へと向かって歩き出した。

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