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祝杯
2012-13カウントダウン小話
すっかりと夜も更けた真夜中。
にも関わらず、窓の外、眼下に広がる町並みからは、賑やかな音が途切れることなく運ばれてくる。
今夜は一年の終わり、新しい年を迎える祭なのだ。
城の正門前の大広場には、薪が高く組み上げられ、火が灯されている。その周囲に街中の人々が集まって来ていた。
幼い頃から慣れ親しんだ街ではあるが、こんなにたくさんの人が暮らしているのかと、驚くほど大勢の人、人、人。群衆の姿が目に入る。
「これはこれで悪くはないな」
窓枠に腰掛け、街を見下ろしていたカインが、室内を振り向きながら呟いた。
「広場にはちょっと遠いけどね」
セシルも窓へと歩み寄ると、ワインを注いだグラスをカインに手渡す。
礼を言いグラスを受け取った幼馴染みの親友に、
「人混みの中に出たくないだけだろう、カインは」
とからかい混じりに言うと、当たり前だろう、という答えが返ってきた。
「今年も一年、お疲れ様」
「……お疲れ」
軽くグラスを触れ合わせると、赤い果実酒に口を付ける。
互いに責任ある立場の身、言葉通りに忙しい一年だった。こうして二人揃って年を越せるのも、幸運な偶然だと思える。
「久しぶりだよな、こんな落ち着いた年越しは」
「そう……だったか?」
セシルの言葉に、カインはしばし過去に思いを馳せ、やがて、ああ、と頷いた。
「去年は散々な目にあったんだった」
不愉快なことを思い出した、と言うように顔を顰めたカインを見て、セシルは小さく笑う。
「うん、カイン、年が明けるまでいなかったんだよな」
ちょうど一年前、昨年の年の瀬に遠征に出た竜騎士団は、諸事情が重なり、そのまま国外で今年を迎えたのだ。
何やらとにかく大変だった、ということだけはセシルも聞いていた。
「でもお前は国内にいただろう?」
これだけ大規模な祭になれば、当然警備だ何だと軍が駆り出されるのだが、さすがに部隊長クラスになればそんな雑事は入って来ない。
そして昨年は、セシルが飛空挺団の隊長に就いて初めての年末だった。
カインは、お前は暇だっただろう、と言いたいのだろうが、
「いや、だからお前たちが帰って来れなかったから、人手が足りなくて。
結局城に詰めてたんだよ、僕も」
「それはそれは」
間接的な巻き添えを食ったセシルに、カインは同情を示す。
さらに遡り、一昨年以前になれば、二人とも隊の下っ端として、街の警備やらに就いていた。
「……学生以来、になるのか」
二人揃って、年越しを迎えるのは。
感慨深げに呟いたセシルに、そうだな、と答えたカインの声もどこか懐かしそうな響きだった。
他愛もないことを話しながら、酒杯を重ねていく。
街へ出て、祭の熱気を直に感じるのももちろん楽しいだろう。
だが、こうして眺めの良い自室で二人落ち着いた時間を過ごすのも良いものだとセシルは思う。
城の通用口から、少年が二人、広場へ向かって走っていく姿が目に入る。まだ十に届かないだろう小さな男の子と、それより多少年上に見える少年だ。
もうすぐ祭が最高潮の盛り上がりを見せる頃合いにさしかかる。
少年たちも急いでいるのだろう、走りだそうとして、しかし年下の少年が躓いた。
「あ」
思わずセシルが声を上げる。カインもつられて、窓の下に視線を転じた。
転んでしまった少年を、年嵩の少年が起こしてやると、そのまま手を引いて再び走り出すのが見える。
そんな微笑ましい少年たちの姿は、かつての自分たちに重なる。知らず浮かんだ微笑のまま、カインを見ると視線が合う。
「僕らもあんなだったのかなあ……」
最初に年越しの祭に出かけた時のことは、正直なところ、セシルははっきりとは覚えていない。
それくらいに幼かったのだ。
カインと、彼の両親が一緒にいたような記憶だけはぼんやりとある。
やはり一番鮮明に覚えているのは、初めて二人だけで祭に出かけた年のことだろう。
先ほどの少年たちと同じくらいの年の頃のことだ。
日頃から遊び回っている街の中だけれど、夜も更けた時間帯、子供の自分たちだけで出かけるのは、まるで冒険のようで。
わくわくしながら、でも真っ暗な空にどこか不安も感じながら、二人で手を繋いで広場を目指した。
広場に近づけば近づくほどに、人の数が増えていく。
大人も子供もたくさんの人とすれ違い、追い越され、ぶつかって。
「はぐれるなよ」
と言ったカインがぎゅっと手を握ってくれた、その強さと暖かさを、今でもセシルは覚えている。
と、その時。
扉がノックされる音が聞こえた気がした。
セシルはカインと顔を見合わせると、扉の前へ立ち、薄く開く。
「やっぱりここだったわね!」
声と共に、ローザが部屋へと入ってくる。
「ごめん、もしかして探してた?」
「探した、というほどじゃないけれど。
赤い翼の人にも、竜騎士団の人にも、隊長は非番ですって言われたから、一緒にいるのかしらと思って」
「……よくこんな時間に一人で外に出してもらえたな」
「もう子供じゃないもの」
カインの言葉にローザは笑うが、とは言えファレル家のたった一人の令嬢だ。無理を言って飛び出して来たのでなければ良いのだが、とカインは思う。
彼女が持ってきた大きなバスケットを受け取り、テーブルへ運ぶ。
「いろいろね、持って来たのよ」
籠の中からは、キッシュやパイ、腸詰やプディング、チーズの塊にバゲットと言ったさまざまな料理が次々と出てくる。
「すごいね、これは」
「貴方たちのことだもの、お酒しか用意してないと思ったの」
「良い読みだな」
「でしょう?」
得意げに笑う彼女に、セシルとカインも笑って頷く。
一気に充実したテーブルの上は、小さなパーティの様相を呈している。
三人になったところで、改めて乾杯をする。
グラスの触れ合う音と同時に、ぱぁん、と大きな破裂音が響き、空に大輪の花が咲いた。
祭りのフィナーレの花火だ。
次々に打ち上げられる夜の花をしばし三人は見つめる。
「……特等席だな、ここは」
「本当にね。とっても綺麗……」
「まさかこんなに近くに見えるとは思わなかったな」
部屋の主であるセシルもまた驚きながら、窓外を見つめる。
新しい年がもうまもなくやってくるのだ。
「来年も、ここでこうして、お祝いしましょうね」
くるりと振り返ると、ローザが言う。
セシルとカインもそれぞれに頷く。
やがて、誰からともなく、グラスを掲げると、
「おめでとう」
再び、三つのガラスの触れる澄んだ高い音が、部屋に響いた。