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The beginning of goodbye −01−

「……私を悪夢から呼び起こすのは誰だ」

 外との交流を嫌う排他的な村の外れ。外界とは隔絶された古びた屋敷の地下に「此処」はある。
 屋敷が村と疎隔を生じているのとまた同様、「此処」も屋敷とは隔離された空間だった。
 扉は外から鍵を掛けられ、それはまるで中の住人を幽閉するかのようだ。
 この部屋は、三重に世間からは隔てられている。
 なぜなら「此処」は牢獄だからだ。
 私と言う、罪人を収めるための。

「……見知らぬ顔か」
 久方ぶり……どれほどの時が流れているのか、明確には解らなかったが、それなりに長い時が過ぎ去っていることはぼんやりと感じていた。
 覚めることのない悪夢。
 だが、それは夢ではなく現実のことだったのだ。
 彼女を救えなかったことも、あの子を置き去りにしたことも。
 忘れることのできない、忘れてはならない罪に思いを馳せしばし物思いに耽る間に、ようやく目が扉の外からもたらされた光になれてきたらしい。扉を開けた人物の姿をとらえることが出来た。
 そう、扉は開かれたのだ。
 この段になってようやくそのことをはっきりと悟った。鍵を見つけたのか、それとも鍵のないまま強引に抉じ開けたのか。
 いずれにせよ、閉ざされたこの部屋の扉を開けたのは、金の髪の青年だった。最初に扉が開かれた時に眩しいと感じたのは、どうやら扉の外の光ではなかったらしい。それは青年の黄金の髪だった。
 これほどに眩く光を放つ髪を私は見たことがない。たった一人の例外を、月光の如き白銀の天使、あの愛し子を除いては。

「出ていってもらおうか」

 この牢獄から私を解き放つことが出来るとしたら、それは彼女かあの子のどちらかがこの扉を開けた時だけだ。
 罪人たる私を裁く権利は、彼女とあの子だけが持っている。
 たとえ、この青年が鍵を得て扉を開けたのだとしても、それは解放ではありえない。それをもたらすのは、彼女かあの子でなければならないのだ。
 拒絶の言葉を意に介さず、私の目の前に立った男は口を開く。
「随分うなされていたようだな」
「何言ってんのクラウド。こんなところで眠れば夢だってくらーくなるよ。ね?」
 クラウドと呼ばれた金髪の男の背後から、女性がひょこりと顔を覗かせた。「ね?」と話しかけた相手はどうやら私らしい。桃色のワンピースを着た若い娘。口調に若干の幼さを感じたが、年齢は二十歳前後といったところだろう。人怖のしない性格のようだ。
 こんな陰鬱な場所などまったく似合いはしない、その娘の風情に苦笑とも自嘲ともつかぬ笑いがふっと漏れた。

「悪夢にうなされる永き眠りこそ私に与えられた償いの時間」

 そう、これは償いなのだ。
 未来永劫、終わることのない贖罪。
 死ぬことの出来ない魔性の肉体に降り積もる悠久の歳月と同じだけ続く、無限の購い。

「何を言ってるんだ?」
 わずかに顔を顰め、青年―クラウドが問う。
 誰に理解されようとも思わない。
 この苦しみは私だけが知っていればいいものだ。
 母として科学者として、幸福を手にするはずだった彼女。
 彼女の幸福であったはずのあの子。
 彼女に我が子を抱かせることも、あの子に母の名を教えることも、私には適わなかった。
 ただ、見ていただけ。
 ならば、そのような罪を犯した私に出来ることは唯一つ。
 己の罪を、悪夢という形で、見ていること。
 それが、見ていることしか出来なかった私に相応しい、罰。

「他人に話すような事ではない。ここから出ていけ。この屋敷は悪夢の始まりの場所だ」
 再び私は彼に、拒絶の言葉を浴びせかけた。
 だが。

「……確かに、そうだな」

 ゆっくりと、私を閉じ込めた牢獄を、元は実験の終了したサンプルを置くための部屋であった室内を、見渡しながら彼がぽつりと呟いた。
 そこにあるものを何と表現すれば良いのだろう。
 押し殺した怒り、おそらくは自身に対してであろう後悔、信じていたものへの絶望、失くしたものへの懐古。
 悲哀、恐怖、痛み、苦しみ、切なさ、そして空虚。
 クラウドの声はその全てを含み、同時にそのどれにも属さない。
 彼の歳格好からすると、生まれたのは私が眠りについた後のことだろう。
 私が悪夢に身を委ねている間、また別の悪夢がこの屋敷で生まれ、彼を襲ったのだろうか。

「……何を知っているのだ?」

 そう尋ねたのは、私に残された人間としての一部分、好奇心という愚かな感情によるものだった。

「あんたが言ったとおり、この屋敷が悪夢の始まり…いや、夢ではなく現実だな」

 奇しくも、クラウドは私が先ほど思ったのと同様のことを口にする。
 夢ではない、現実の悪夢。
 しかし、それに続く言葉は、私を打ちのめすのに十分であった。
 終わりの無い、現実の悪夢。
 生まれたのは別の悪夢などであるはずが、なかった。
 すべては、ひとつの悪夢なのだ。

「セフィロスが正気を失った。この屋敷に隠された秘密がセフィロスを……」
「セフィロス、だと!?」

 何故、あの子の名前が。
 あの子は、この屋敷を出たはずだ。
 それなのに、何故。
 屋敷に隠された秘密。
 それが、あの子を……あの子を、狂わせたと言うのか。
 
「セフィロスを知っているのか?」
「セフィロスを知っているのか?」

 私の口から滑り落ちた言葉は、私の思考と関係があるようで、しかしやや外れたものであった。
 だが、その無意識の言葉は、偶然にもクラウドの発した言葉と違わぬものだ。
 陰鬱な部屋に、私と彼の言葉が重なり響く。
 目の前の青年は、何者なのか。
 あの子の何を知っているのか。
 あの子に何があったのか。

「君から話したまえ」

 ――あの子は、何を知ってしまったのか――

 私は、それを知らなければならない。

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