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The beginning of goodbye −02−

「……というわけだ」

 クラウドの語った出来事の数々。
 それらは私に更なる悪夢をもたらす物語であった。
 年若いころから、神羅の英雄として戦場に立っていたというあの子。
 おそらくはそうなるであろうと知ってはいた。気付いていた。
 だが、真実そうであったと知って、私はただただそれを苦く思う。何故、止めなかったのだろう。
 聡明で、優しかったあの子。他人の命を奪って傷つかなかったはずがない。
 それなのに……

「セフィロスは5年前に自分の出生の秘密を知ったのだな?ジェノバ・プロジェクトの事を」

 自分が、作られた存在であったことを。
 だが、あの子は知らない。
 たとえ作られた存在であっても、彼女はあの子が生まれるその瞬間を真実望んでいたことを。
 それは、科学者としての望みではなく、母親としての希望。
 人の道を外れた行為、倫理を逸した論理に基づく思想であったことは確かだ。それでも彼女がプロジェクトに我が子を差し出したのは、彼女なりの母性の発露であった。
 私はそれを知っている。
 だが、あの子はそれを知らないままに、狂気に落ちたのだ。
 なぜなら、私がそれを伝えなかったからだ。
 此処で、眠っていただけの、私。
 おそらくは、私だけが知っていたであろう、もうひとつの真実。

「……以来、行方不明だったが最近姿を現した。多くの人の命を奪いながら約束の地を捜している、と」

 それは、本当にあの子なのだろうか。
 私の中に眠る魔性の存在は、かつてあの子を忌むべき存在だと言った。
 あの子の中にあるものは、災厄なのだ、と。
 科学者たちは、閉ざされた氷の中から災厄を起こし、あの子という器を与えたのだとも。
 ならば、今約束の地を捜しているというそれは、あの子ではなく、災厄のほうなのではないだろうか。
 
 愚かな私の願望に過ぎないかもしれない。  しかし、私はあの子を…

「今度はあんたの話だ」

 クラウドの声に、私の思考は現実に引き戻された。
 だが、もはや私には語るべきことがない。
 何を語れと言うのだろう。
 すべては、私の罪。
 あの子は、その罪の犠牲になった。

「悪いが……話せない」

 私の返答に、クラウドはかすかに眉間を顰める。
 抗議の声を上げたのは、彼ではなく、彼の後ろにいた女性のほうだった。

「ひっどーい!約束、違う!」
「エアリス」

 憤った声を上げ、私のほうへと歩を進めた彼女を、クラウドが制した。
 
「だって、クラウド!」

 私が何も語る気がないことを察したらしい。
 クラウドは彼女に同意し私を責めることはせず、ただ彼女を宥めにかかる。
 そんな二人の様子を見やり、私は再び口を開いた。

「君達の話を聞いた事で私の罪はまた一つ増えてしまった。これまで以上の悪夢が私を迎えてくれるだろう」

 私は罪人なのだ。
 そして、此処は牢獄。

「さあ…… 行ってくれ」


 この場を立ち去るよう、二人を促し、棺の蓋をゆっくりと閉じた。

 しばし、後。
 抑えた声ではあるが、明らかに言い争う声が聞こえた。若い男女……さきほどの二人のものだ。
 扉の外からの声が、だんだんと近づいてくる。また部屋へ入ってきたらしい。

「この人、絶対何か知ってる!」
「それは、俺もそう思うが……」
「でしょう。じゃあ、話聞きましょ」

 私には話すべきことなど何もないのだが……彼女―エアリスと言っただろうか―の様子では、簡単に引き下がりそうにもない。再び、私は身を起こした。

「……まだいたのか」

 姿を表した私に、エアリスがにっこりと笑う。
「ほら、クラウド!」
 エアリスに背を押されたクラウドが、渋々といった様子で口を開いた。

「あんた、何者だ? 名前くらい教えろ」
 過去の話を訊ねたところで、私が答える気がないことは承知しているのだろう、質問はとても基本的な情報を問うものだった。
「私は…… 元神羅製作所総務部調査課、通称タークスの……ヴィンセントだ」
 懐かしい肩書きをゆっくりと口にした。
 己の経歴を、恨めばいいのか、もはやそれすらもよく解らない。
 神羅に関わらなければ、確実に私の運命は別のものをたどっていたはずだ。
 彼女とも、あの子とも、関わることのない、おそらくは平穏な運命。
 しかし、彼女もあの子もいない私の運命など……考えることすら出来ない。
 
「タークス!?」

 私の返答が意外だったのだろう、クラウドが蒼い目を見開き声を上げる。その背後で、エアリスもまた、瞳を瞬かせている。

「元タークスだ。今は神羅とは関係ない。……ところで君は?」
「元ソルジャーのクラウドだ」

 ソルジャー。
 私がタークスであったころ、ジェノバプロジェクトと並行して……いや、むしろプロジェクトの副産物として計画が進行していた構想だ。中心に据えられていたのはあの子。あの子のための軍組織と言っても良い。
 実現されていたようだ。

「君も元神羅か……」
 そう独りごち、ふと思いつく。ソルジャー計画が私が把握していたものと大差なく進められていれば、そこには科学部門が大きく携わったはずだ。
 ジェノバプロジェクトからは遠ざけられた彼女だが、他の関連するプロジェクトに呼ばれていた可能性は高い。
 彼女は優秀だった。美しく、優秀な神羅の科学者。
 そう、あの子が神羅の英雄として広く知られていたのならば、彼女もその母として知られていた可能性はないだろうか。

「ではルクレツィアを知っているか?」
「誰だって?」

 私の淡い期待はあっさりと無へと帰した。

「…………ルクレツィア。セフィロスを産んだ女性だ」

 彼女の名前までは知らないのだろう、そう思い、それがあの子の母親の名であることを告げた。
 しかし、私の説明に対するクラウドの反応は、私の予想を超えるものであった。

「産んだ? セフィロスの母親はジェノバではないのか?」

 何を言っているのだろう?
 そう、思った。
 確かに、あの子の中に眠るものは、『それ』だ。
 だが、あの子は彼女の子供だ。美しい彼女の生んだ、美しい銀の天使。
 そのあの子の母親がジェノバだと目の前の青年は言う。
 何の間違いだろう。
 いや、『それ』は、

「それは…… 間違いではないが一つの例えなのだ」

 困惑した頭で私は考え、言葉を継ぐ。

「実際には美しい女性から産まれた。その女性がルクレツィア。ジェノバ・プロジェクトチームの責任者ガスト博士の助手だ。美しい……ルクレツィア」

 抽象的な私の言葉をしばし反芻するように俯き考え込んでいたクラウドが、顔を上げる。
 その怪訝な顔には、若干の嫌悪が滲み出ている。

「…………人体実験?」

 私は、肯定も否定もしなかった。
 ただ、目の前の青年にこう告げるに留めた。


「実験を中止させる事が出来なかった。彼女に思い留まらせる事が出来なかった。それが私の犯した罪だ。愛する、いや、尊敬する女性を恐ろしい目に遭わせてしまった」

 傍観したのだ。
 彼女が誤った道へ進む様を。
 あの子が科学者達の好奇心に蹂躙される様を。
 ただ、見ていた。

 それまで、黙って私とクラウドの遣り取りを見守っていたエアリスが口を開いた。
「そのつぐないが眠ること?」
 視線をそちらに向けると、彼女の碧の瞳と視線がぶつかる。
 あの子と同じ、星の色の瞳。
 この娘は何もかもを見通している、そんな気がした。
「それって……なんかへん」
 私に言うでもなく、ぽつりと彼女はそう呟いた。
 
「眠らせてくれ……」

 私は、ここから出ることは出来ない。
 彼女が、あの子が私を許すまでは。    

 私は、ここで、悪夢を見続けなければならないのだ。

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