gallery≫novel
『不機嫌とチョコレートと思い出の笑顔』
―Cain & Cecil―
「なんだこれは?」
「チョコレート。もらい物だけど」
突然、深夜に執務室まで押しかけてきたと思ったら、無言で目の前に箱を突き出された。
もうあと数枚だった書類を片付けてしまおうとしていたカインだったが、怪訝な顔で視線を上げて、親友を見つめる。
それきり何も言わないセシルの態度を訝しげに思いながらも、ひとまず箱を開けてみた。
「……?」
中身はセシルが言う通り、チョコレートである。
小粒のシンプルなチョコレートがぎっしり詰まっている。
カカオの香ばしい匂いが部屋に漂う。
香りだけでも、なかなか質のいいもののように思う。
セシル、つまりはバロン王のところに届くものなのだから、上質なのは当たり前ではあるが。
長時間仕事をしていたこともあり、香りに惹かれて一粒摘んでみた。
「美味いな」
決して甘すぎず、またバターやミルクがしつこくもなく、純度の高いカカオをそのまま凝縮した濃厚な味だ。
思わずそう呟いたカインだが、セシルはまだ机の前に立ち黙ったままでいる。
「で? どうしたんだ、一体」
「ホットチョコレート、作ってよ」
何を急に、と思ったが、いつもの我儘だろうかと推測する。
その割には妙に言葉数が少ないのが気にはなるのだが。
「あとこれだけだから、少し待て」
「…………」
書類を示して告げると、無言でセシルがこくりと頷いた。
「これで良いのか?」
真夜中に突然、国王が側近を連れて城の厨房に現れるという状況は、夜間の警備をしている兵士たちにとっても滅多にないことだろう。
そんなセシルの突飛な行動に文句を言うものはいないが、奧棟の入り口の警備兵は随分と怪訝な顔をしていた。
二人で人気のない厨房に行くと、そこで言われた通りに暖かいチョコレートを作ってやる。
厨房の隅で立ったまま、カップを手渡してやった。
「……うん」
「なんだったんだ、急に」
熱い甘い液体の入ったカップを両手で包むように持ちながら、セシルはふうふうと吹き冷まして口を付ける。
「甘い……」
「セシル?」
答える気がなさそうなセシルの名を呼び、先を促す。
「……昨日、セオドアがアップルパイを持って帰ってきた」
セオドアがカインの自宅へ遊びに来たのである。帰りに手土産としてパイを持たせたのは確かだ。
「ああ、あれか。美味かったろう?」
「お前が作った味がした」
あまり食には興味がないくせに、そういうところだけは相変わらずちゃんと分かるのだなと半ば感心する。
「それはそうだろう。俺が作ったからな」
「あの子が、一緒に作ったんだって嬉しそうだった」
実際に手伝わせたのは、中身のフィリングだけだ。パイ生地は事前に作っておいたものだったが、次は最初から全部作りたいとセオドアは楽しそうに言っていた。
料理を教えるようになったばかりだが、毎回楽しそうにしているのは、カインとしても見ていて微笑ましい。
それがどうした、とセシルに言い返そうとして、ふと気付いた。
「……お前、まさか」
「僕は、お前と料理なんて一緒にしたことないのに」
いじけたような声でセシルが言う。
何を言っているのだろうか、この親友は。
子どものやきもちと変わらないではないか。
「……あのな」
「あの子が楽しそうなのはとても嬉しいよ。でも、そんなこと僕はしたことないのになと思ったら、なんだか……」
悔しかった、というところだろうか。
さすがにセオドアの前でそれを見せることはないだろう。そこまで大人げないとはカインはもちろん思っていない。
だが、我慢する代わりにカインに文句を言いに来た――というより、甘えに来たということだろう。
「それでわざわざ材料まで調達してきたのか」
「たまたま貰ったから、ちょうどいいな、と」
どこか言い訳がましいが、それを追求しても仕方がないので見逃すことにする。
「一緒に作りたかったのか?」
「うーん……どうだろう。お前が作ってくれたのを食べられれば僕はそれでいいかな」
そう言いながら、セシルはカップのホットチョコレートを美味そうに飲んでいる。
基本的に興味のあることとないことへの差が激しいセシルだ。
料理自体には大して興味はないことはわかっている。
ただ、何でもカインと一緒にやってきたと思っていたのに、息子が自分の経験のないことをしてきたと聞いて、やきもちを焼いたのだろう。
「本当に我儘だな、お前は」
「……いいじゃないか、別に」
「悪いとは言っていない」
小さくそう言うと、ようやくセシルが笑顔を見せた。
「ごちそうさま」
こんな甘い物ひとつで機嫌を直すのは、子どもの頃から変わらない。
昔から、いつも本当に幸せそうな顔で甘い物を頬張るのだ。
いつの頃からだったろう、甘いものは自分で食べるよりも、食べているセシルを見ているだけで満足するようになってしまった。
「本当に変わらないな、昔から」
まるで子どものようにあどけない顔でごちそうさまと言う。
そんな親友の姿を見つめながら、カインはそっと笑みを浮かべた。