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Falling into you
祝・DDFF 発売2周年
目覚めると、そこは、白い、白い、真っ白な世界だった。
聖域、という言葉が脳裏に浮かぶ。
その瞬間、白い世界の、白い光をまとった女神は、
「ここは秩序の聖域。あなたは、秩序の戦士としてこの世界に喚ばれました」
そう言って、どこか哀しそうに微笑んだ。
「既にたくさんの戦士達がいるのです」
女神コスモスはそう言い、仲間達を呼び集めた。
たくさんの、という言葉に偽りはなく、十数名の戦士達が集まって来る。
だが、一見して「戦士」と分かるものは半数にも満たない。
あんな軽装でどうやって戦うのだろう、と不思議に思えるほどに、身軽な格好の者。
決して女性に戦う力が無いとは思っている訳ではないが、戦士というにはたおやか過ぎる印象の女性もいる。
そして、まだ少年としか言えないような、年端の行かぬ子供。
集まってきた者達をぐるりと見回す。
ふと、一人の男と目が合った。
目が合った、と言うのは正確ではない。
男は、顔の上半分を独特の意匠の兜で覆い隠していたのだから。
目が合ったと感じたのは、こちらだけで、実際には、兜の奥で彼が僕を見ていたのかどうかは定かでなかった。
ただ、目が合ったと思った瞬間、彼は確かに何事かを呟いていた。
たった、一言。
彼の立つ場所は、僕と女神を取り囲むようにして集まった仲間達の輪からは少し外れていて、彼が呟いたであろうその言葉は、届きはしない。
ただ、彼の存在と、届かなかったたったひとつの呟きが、ひどく心をざわつかせた。
「君の名は? 思い出せているだろうか?」
すぐ目の前にいた戦士に問われ、我に返る。
いち早く女神の前で膝をついた彼は、立派な兜と鎧を身に纏い、すっと真っ直ぐな印象を受ける戦士だ。
「名前……僕の、名……?」
問われて気がついた。
自分の名が、思い出せない。
名乗るべき名は何だ?
僕を、周囲の人々は何と呼んでいた?
ざわざわと、心の奥が揺れる。
「思い出せないのならば、仕方がない。最初は皆そうだった」
目前にいる戦士が、言う。
慰めとは少し違う、淡々とした説明。
「私もそうだ。まだ、自分の名が思い出せない
今は便宜的に、光の戦士(ウォーリア・オブ・ライト)と名乗っている」
よろしく頼む、と差し出された手を取りながらも、心のざわつきが収まらない。
皆がそうだったと、記憶がないのが当たり前だと言われても、身体の内側で、違うと自分が叫んでいる。
知っているはず。
忘れているはずがない。
僕を呼ぶ声。
聞こえそうで、聞こえない。
そう。
さっきの彼の呟きのように。
ざわざわと揺さぶられる。
心が、いや、僕という存在が。
「……セシル」
ぴたりと、揺れていたすべてが、止まった。
少し低い、けれどはっきりとよく通る、意志の強い声。
皆が、彼を振り返る。
彼は、今度こそ間違いなく僕を見ていた。
僕もまっすぐに彼を見つめる。
「カイン」
忘れるはずがない。
僕を呼ぶ、彼の声を。
僕が呼ぶ、彼の名前を。