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the dream on the New Year

 剣を握っていた。
 周囲を取り囲んでいるはずの敵の姿はよくわからない。
 ぼんやりとしていて、けれどもそれが敵だということ、それだけはわかった。
 次々と襲いかかってくる、そのぼんやりとした姿の敵を、片っ端から切り伏せていく。
 敵は間断なく飛びかかって来て一向にその気配が減ることがないのだが、まったく焦ることも無ければ危機感すら覚えず、ただ自分の心が落ち着き払っていることをセシルは知っていた。
 何故なら、背中によく知った気配を感じるからだ。
 セシルにとって、たった一人、何の躊躇も不安もなく背中を預けることの出来る人。
 背後で「彼」もまた武器を振るっているのがわかる。

 ずっと、ずっと、本当に長い間、待ち続けていたのだ。
 今すぐ振り向いて、その姿を確認したい。
 懐かしい、誰よりも会いたかった人。
 けれど。

 振り返ってはいけない。

 それをセシルは知っている。
 だから、振り返らずに、ただ背後に会いたい人の気配を感じながら、剣を振る。
 いつの間にか、取り囲んでいた敵の姿はすっかりと霧散していた。
 だが、剣を鞘に収めることなく、そのままセシルは走り出す。
 数歩後ろを「彼」も走っているのを感じた。
 よく知った気配と、鎧を身に纏っているとは思えないくらいに軽い独特の、耳によく馴染んだ足音。

 大丈夫だ、と自分自身に言い聞かせる。
 「彼」はそこにいるから。
 だから。

 振り返ってはいけない。
 絶対に、振り返っては駄目だ。
 振り返ったら、この…は終わってしまう。

 やがて、目の前に、とても巨大で邪悪な気配が立ちふさがった。
 改めて、剣を正面に構え直す。

 ふっと魔力が動く気配がした。

 目の前の魔物の物ではない。この聖なる力は白魔法に属する魔力だ。
 その白い魔力に包まれた途端に、身体が軽くなる。
 これは、ヘイストだ。セシル自身は使えない魔法だけれど、よく知っている力だった。
 だが、今、ここには、セシルと「彼」しかいないはずだ。「彼」は魔法を使えない。

 では一体誰だ?
 頭ではそう訝しく思っているのに、身体はそんな疑問に煩わされることなく、滑らかに剣を振り構えようとする。
 同時に、背後にいた「彼」が地を蹴る音。
 よく知っている、「彼」の、「彼」にしか出来ない跳躍。
 あとはそれに合わせて、セシルは剣を構えて魔物に飛び込んで行けば良い。
 タイミングなど計るまでもない。身体に染みついた、忘れるはずのない間合い。
 セシルが剣を振り下ろす直前、魔物の身体を、天から下りてきた「彼」の槍が地に縫い止めた。
 そして、セシルの剣が魔物の身体を真っ二つに切り裂く。
 その瞬間、白い、真っ白な眩い光が溢れ、思わず目を瞑った――

 目を開けると、視界には見慣れた寝室の天井が映っていた。

 知っていた。
 夢を見ていたのだ、と。
 だが、ほんの一瞬、夢が終わるその直前、夢の中のセシルの瞳に映った「彼」の姿が瞼に焼き付いている。

「……カイン……」

 本当に、本当に久しぶりに、彼の名前を口にした。
 
 夢ならば何度もみた。
 彼がいなくなって十数年、何度も何度も彼の夢を見ていた。

 おぼろげにしか覚えていないはずの、初めて彼と出会った日の夢。
 城の地下倉庫で隠れんぼをしている夢、庭で追いかけっこをしている夢。
 真夏の夜に、彼の屋敷の屋根に上がって夜空を見上げている夢。
 初めて隊長として、彼と合同で当たった任務の夢。
 
 たくさんの夢を見たけれど、それはいつも過去の夢だった。
 セシルの中の、思い出を映す夢だ。

 けれど、今朝見た夢は、違ったのだ。
 あの夢の中の自分が、過去の自分ではなく、今の自分だということは、セシル自身が感じていた。
 そして何より、夢の中の、一瞬だけ見た「彼」の姿は、確かにカインだったけれど、セシルの記憶にある彼の姿とは異なっていた。
 最後に会った時よりもずっと長く伸びた金の髪。
 その髪を隠していたはずの竜の兜は被っていなくて、けれどやはり竜を象った意匠が黄金の髪を飾っていた。
 そして全身を覆うのは、紫紺の鎧ではなく、高い空の色を映したような色の鎧。
 セシルの記憶の中のカインの姿ではない。
 だが、それがカインだったことは間違いない。
 見間違うことは、あの気配を誤ることは、セシルには絶対にありえないことなのだから。

 こんな夢は初めて見た。
 懐かしくて暖かくて幸せな、けれども不思議な夢だと思った。

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