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ゆめのつづき
the dream on the New Year
着替えを済ませ、朝食を摂るため食堂へ行く。
昨日の朝は、年越しの祭りが終わった直後だったからだろうか、どこか浮ついていた城の雰囲気も、今朝は少し落ち着きを取り戻していた。冬のしんとした空気が廊下を包んでいる。
食堂では、すでにローザとセオドアが席に着いていた。
「おはよう」
と声を掛けると二人が笑って挨拶を返してくれる。
ローザの隣の席に腰を下ろすと、すぐに焼きたてのパンと、淹れ立ての紅茶が侍女達の手で目の前に並べられる。
ふわりと湯気を上げるカップに、ローザが手元にあったシュガーポットから、一匙砂糖を掬い入れた。
鼻先を薔薇の花の香りが掠める。彼女のお気に入りの、ローズシュガーだ。
最初に彼女にこれを送ったのがカインだったことをふと思い出す。
「よくこんな洒落たものばかり見つけて来るよな」
いつも気の利いた贈り物をするカインに感心してそう言うと、
「偶然見つけただけだ」
と返ってくるのは無愛想な答え。
ただの照れ隠しであることはセシルにもローザにもよく解っている。彼女は彼の答えにくすくすと笑っていた。
わざわざダムシアンから取り寄せたものだったと知ったのは、随分後になってからのことだ。それ以来、ローザが頻繁に取り寄せては紅茶やお菓子に使っている。
あんな夢を見たからだろうか、溢れてくる思い出に、懐かしさとどうしようもない寂しさがこみ上げてくる。
ずっと、いつも一緒にいたのだ。
日常の些細なことひとつひとつに、思い出が詰まっている。
何かひとつ思い出してしまえば、ずるずると思い出ばかりが蘇って、動けなくなってしまうことは明らかだった。
だからずっと、見ないようにしてきたのだ。
思い出さないように、振り返らないように。
そうしてこの十数年、年を重ねてきた。
「……父さん?」
訝しげな息子の声に、我に返る。
「どうかしたんですか?」
「……いや、何でもないよ」
無理矢理に笑顔を作ると、薔薇の香りが仄かに立ち上るカップを取り上げる。
一口、口を付けると、香りと共にほんのりと甘い味が広がった。
「そう……、昨夜はよく眠れたかい?」
「え? あ、はい」
突然に尋ねたセシルに、セオドアが慌てて返事をする。
「今年最初の夢はどんな夢だった?」
カップをソーサーに戻しながら、さらにそう尋ねる。
すると、セオドアがどこか楽しそうに、
「竜の夢を見ました」
と答えた。
「竜?」
「はい。本物は見たことがないんだけど、あれ、飛竜だったんじゃないかなぁ」
息子の答えに、セシルは思わずローザと顔を見合わせる。
「すごく綺麗だったんです。空をゆったりと飛んで。とても澄んだ声で鳴くんです」
セオドアはまるで絵本の物語の光景を語るように、きらきらとした眼で夢に見た景色をセシルに語った。
「最後に、城の中庭に降りてきて。そこで目が覚めたんです」
「……そう、か」
「誰かが乗っていたように見えたんだけどなぁ」
確かめることは出来なかったと少し残念そうなセオドアに、
「良い夢を見たわね」
とローザが微笑む。
とても柔らかい、優しい笑顔だった。
「はい!」
嬉しそうに返事をする息子の姿に、またセシルの胸の奥からこみ上げてくる感情は、やはり懐かしくてとても暖かかった。