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the first impression

「父さんの第一印象ってどんなでしたか?」

 突然の質問をぶつけられたのは、ある日の午後のことだった。
 尋ねてきたのはカインの斜め向かいに座るセオドアだ。
 親友の息子を見やりながら、カインは手にしていたカップを、テーブルの上のソーサーに戻す。
「……セシルの第一印象?」
「はい!」
 カインの問いに元気よく頷くと、セオドアは期待に満ちた視線でこちらを見上げている。

 話題に上げられている、そしてこの部屋の主でもあるセシル本人は席を外していた。たった今し方、侍従に何事かを告げられて、すぐに戻ると言い置いて部屋から出て行ったところだ。
父親の姿が見えなくなると同時に、突然セオドアが切り出したのが先の質問であった。
カインは真向かいの空席にをちらりと見た。先程までそこに座っていた親友の姿を思い出しながらしばし考える。

「何故また急に、そんなことを知りたがる?」
この少年が父親であるセシルに対して、随分と複雑な憧れと葛藤を抱いていることはよく知っている。
昔の自分を思い起こさせるようなその悩みや態度は、カインから見れば懐かしいものでもあり、同時にそれを解決するより早く父親を亡くしたことを思えば羨ましくもあった。
出会ったばかりの頃は、セシルに関する直接的な話題を避けることが多かったような気がしていたが、最近のセオドアは昔のセシルの話なども積極的に聞きたがる。
それもひとつの成長の証なのか、それとも父子の関係の深化なのか、いずれにせよ二人を傍で見守るカインとしては出来るだけ答えてやりたいとは考えているのだが。

「いえ、大した理由は……。親友で、幼馴染みだっていうのは知ってますけど、最初はどんなだったのかなと気になって」
「それこそ大した話ではないぞ。歳の近い子供が城にいるから遊び相手になってやれと言われただけだしな」

 カインが6歳の頃の話である。
 その子供が王の養い子だとか、そんなややこしい話まではおそらく聞かされていなかったと記憶している。
 ただ突然、今日はお前も一緒に城に行くと父親に言われて、登城した。
 城に行くとある一室に通されて、しばらくすると父親よりも年嵩の男性がやって来た。そこで初めてその人が国王であると知らされ、まさか王に謁見することになると思っていなかったカインはひどく驚くことになった。
 そして、王の背後には子供がいた。それがセシルだった。

「そうなんだ……」
何か劇的な出会いでも期待していたのだろうか、やや失望したような表情のセオドアにカインは苦笑する。
実際、セシルと出会ったのは、一言で言ってしまえばただの大人の事情でしかない。
カインの父は国王と親しかった。そして、国王が子供を拾った。その子供はカインと歳が近かった。
それだけの理由なのである。

「でも、最初に会った時のことはちゃんと覚えてるんですよね?」
「ああ」
「父さん、どんな感じだったんですか?」
 あくまでセオドアはセシルの第一印象が知りたいらしい。
 さてここはなんと答えるのが無難だろうか。カインは考えてしまう。
 正直な第一印象はやや口にし難いものなのだ。
 何せ、カインのセシルに対する第一印象は、「男なのか女なのかわからなかった」だったのだから。
 印象深いという意味では、これまで出会ったたくさんの人の中でも相当にインパクトのある相手だったことは確かだ。

 零れそうなほどの大きな紫色の瞳。それが不安げにカインを見つめていた。
 小さな手は王の着ているジャケットの裾をぎゅうと握っていて、緊張していたのだろう。抜けるように白い肌に頬が紅く染まっていた。
 ふわふわと揺れる少し長めの銀色の髪は初めて見る色で、惹きつけられる。
 まるで人形みたいだ。
 二つ年下の幼馴染みであるローザがよく抱いている人形をその時カインは思い出していた。
 けれど、あれよりずっと綺麗だと思ったのだ。
 だがカインの脳裏を過ぎった人形はドレスを着ている少女の姿だ。目の前にいる子供は、シャツに膝丈のズボンを穿いていて、カインと似たような少年の格好だった。
 友達になってやれと言われたのだから、男なのだろうと思った次の瞬間、さらにカインは混乱することになった。

「……セシル、です」
 小さな紅い唇から零れた鈴の音のような声がそう告げた。
 どちらかと言えば少女に多い名前を教えられ、また訳が分からなくなった。
「……カイン・ハイウインド。よろしく」
 とにかく混乱したまま手を差し出すと、よろしくと何とか聞き取れる程度の小さな声が返ってきて手を握られた。
――そんな初対面だった。

 印象に残る出会いではあったのだが、それを正直に語れるかと言われれば無理なのである。
 当然、セシル本人に話したこともない。
 さて何と答えたものだろうか。
カインが答えに窮していると、救いの声が降ってきた。

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