gallery≫novel
Glorious Days
2015 新年
頂上に辿り着くと、間もなく東の空が白み始めた。
ここまで登ってきたのは、随分と久しぶりのことだった。
山頂にはただぽつりと小さな石碑だけが建っている。
そこでセシルは試練を受け、聖騎士になった。そのことはカインもよく知っている。
聖騎士を目指しているわけではない。
けれども、故郷を離れようと決めた時、修行の場としてこの山を選んだのは、少なからずセシルの体験した事が影響を与えたのは確かだった。
自分はセシルとは違う。
パラディンになりたいわけでもない。
幾度か訪れはしたが、何の変化ももたらさない山頂の光景に、かつてのカインは、無意識にそう自分に言い聞かせていた。
「……言い訳、だったんだろうな」
久しぶりに訪れた山頂は、相変わらず何の変わりもない。
けれどもその光景の中に、過去の自分が見えた気がした。
石碑に背を向け、東の空を見つめる。
眼下に広がるのは、一面の雲海だ。
空との境界は曖昧で、まだほの暗くけれどどこか紫がかった不思議な色をしている。
やがて東の果てに、一条の金色の光が溢れた。
金の光の線が、空と雲とを分かち始める。
その金色の中に、さらに眩しく、白く光るものが現れた。
ゆっくりと、けれど決して止まることはなく、真っ白に輝く太陽が昇っていく。
試練の山は、この世界で一番高い山だと聞いていた。
世界で一番高い場所から見る、日の光だった。
「絶景を、独り占めだな……」
少しずつ焦れるほどにゆっくりと登っていくと思っていた朝日は、あっという間に雲海からその全ての姿を現し、空との境界線から離れていった。
圧倒的な光の洪水と神秘的な光景は、あまりに贅沢な瞬間だった。
わずかに一瞬、思った。
一人で見るには、惜しい光景だった、と。
何ひとつ、残しては来なかった。
別れの言葉も、再会の約束も、そして、待っていてほしいという希望さえも捨ててきた。
何もかもを捨ててきた故郷に、自分を待つ人がいるのかどうか。信じることをやめてしまっていた。
けれど。
きっとセシルは待っている。
ローザと共に、自分が帰る日を待っているはずだ。
朝日に背を向けて、西の彼方を見つめる。
まだ日の登らぬ西の空はうっすらとした闇の中にある。
バロンに朝日が昇るのは、まだもう少し先になる。
身勝手な願いなのかもしれない。
だが、カインが願い思い描く未来を、きっと遠い故郷でセシルも待ち望んでいるはずだ。
今まで何故、それを信じることが出来なかったのだろう。
「もう少しだけ……待っていてくれ」
視線の先に広がる西の空が、微かに明るくなり始めた。