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the Happiness in touch of me

 水の中に、ゆらゆらと佇んでいるようだった。
 いや、水とは少し違うのだろうか。
 決して冷たくはなくて、温くて心地良い。まるで人肌のような温もりに包まれている。
 
 誰かに呼ばれている。
 ふと、そんな気がした。
 声がしたほうへと歩き出そうとする。
 だが、前に進めない。
 身体に纏わり付く心地の良い温度。それが身体をこの場に止めようとするかのように、やんわりと拘束して、身動きがとれないのだ。
 行かなければいけないのだけれど、身体を包む温もりはとても心地が良くて。
 動けないのならば、ずっと此所に居ても良いかもしれない。
 そう思うと、思考までもがぐずぐずと溶け出してしまうようだった。
 
 ああ、でも行かなければ。
 閉じていた瞼を、ゆっくりとこじ開ける。
 
 目の前には、見慣れた彼の端正な顔があった。

「……っ!」
 驚いて声を上げそうになるが、なんとか無理矢理に飲み込んだ。
 なんで、こんな近距離に、彼の顔があるのだろう。
 起き上がって周囲を確かめようとする。
 だが。
 身体もなぜか彼の両腕にがっちりとホールドされていて、身動きがとれない。
 先ほど、夢の中で動けなかったのは、きっとこのせいだ。
 セシルの身体を抱きしめる彼の胸をそっと両手で押してみるが、離してくれる気配はない。
「ちょ……カイン?」
 それどころか、ますます強く抱きしめられた。
 思わず小さく彼の名を呼ぶが、どうやらまだ夢の世界にいるらしい。
「……う、…ん……」
 これではまるで抱き枕だ。
 セシルを腕の中にしっかりと閉じ込めたカインは、緩く癖のあるふんわりとしたセシルの髪に顔を埋め、完全に眠りこけている。
 
 どうしてこんなことになっているのかと、セシルは昨晩、眠る前の事を思い出そうとする。
 確か、山積みの仕事が、ほんのわずかではあるが、一段落して。
 久しぶりに…そう、本当に久しぶりに、二人で飲もうかということになった。
 場所はセシルの自室。
 彼が好きだった銘柄のワインを用意して、グラスを合わせた。
 ぽつりぽつりと、交わす会話は、昔に比べればずっと互いに言葉少なだったようにも思う。
 けれども、目の前に彼がいてくれるということが、何より嬉しくて、とても満たされた気分で酒杯を重ねた。
 意外なことに、先に潰れてしまったのは彼のほうだった。
 このまま泊まって行けば良いよ、と寝台に横たわらせて、自分もその隣に潜り込んだ。
 もっとも、大国の主の寝室だ。大の大人が4、5人は優に寝られるほどの広い寝台。
 身を寄せ合うように共に眠った子供の頃とは違って、身体も触れぬような距離で寝ていたはずだったのに。
 
 目覚めてみれば、彼の腕枕。その逆の腕は離さないとばかりに腰を抱いていて、目の前いっぱいに、彼の秀麗な顔がある。
 
 身動きはとれない。だが、かと言って眠っている彼を起こすのも申し訳がない。
 どうしようもなく、セシルはただ視界を占める彼の顔を見つめる。
 ずっと隣で見てきた、飽きるほどに見慣れているはずの、親友の顔。
 けれど、こうして至近距離で見つめるのは、本当に久しぶりだ。
 見慣れていると思っていたはずの顔は、セシルの記憶にある彼の顔とは少し変わっていて、それが会えなかった長い期間を示すようで、きゅうと胸の奥が啼くような音がする。
 例えば目頭から頬に向かってうっすらと刻まれた皺、昔よりもかさついた頬、少し陽に焼けた肌。
 当たり前だ、互いにもういい歳なのだから。
 それでも瞼を縁取る金色の長い睫や、すっとまっすぐに通った鼻筋、少し薄い唇、そんなところは変わっていなくて、相変わらず美しく整った彼の顔に、触れてみたくなる。
 早く、瞼の奥に隠された、碧とも蒼ともつかない深い色の双眸を見てみたい。

 そっと、彼の顔に、指を伸ばした。

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