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手の届くところにある幸せ
the Happiness in touch of me
尋ねてみたいことは、たくさんあった。
離れていた十年以上の間、彼が何を思い、何をしていたのか。
……寂しくは、なかったのだろうか。
彼は、決して社交的ではないのだが、人間嫌いという訳ではない。
セシル以外にも友人はもちろん居たし、部下からは慕われてもいた。
……ずっとあの山に、一人でいたのだろうか。
ほんの一瞬、長かった時間に触れた彼の声。いつもと変わらないけれど、ほんの少し哀愁と懐かしさが混じる声だった。
そう思うのは、考え過ぎだろうか。
なんだか急に、彼を抱きしめたくなって、けれどもその衝動は自分の中に押し留める。
その代わりに、髪にそっと手を伸ばした。
寝乱れた髪を、手で梳かし撫で付けるように、ゆっくりと髪に触れる。
昔から伸ばしてはいたけれど、ここまで長く伸ばしたところは見たことがない。
腰にかかるくらいの長さがある、金糸のようなまっすぐな髪。
さらさらと指の間をすり落ちていく感触。
「……仕事は?」
「うん?」
「行かなくて良いのか?」
「そうだなあ……別に半日くらい休んでも、ね」
もう少し、このままこうしてのんびりしていたい。
ただただ、静かにゆっくりと時間が流れるだけの、何でもない、何も無い、二人きりの空間。
「邪魔なら行くけれど」
「誰がそんなこと言った?」
彼の言葉の意味など分かってはいたけれど、少し意地悪を言ってみた。
邪魔にされているとはまったく思ってはいなかったが、そう口にしてみる。
返ってきたのは、まったく素直ではない一言。
枕に顔を埋めたまま、こちらに視線すら寄越さないのだから。
「いて欲しいならそう言えば良いのに」
「だから、誰が」
「はいはい。僕が勝手に言ってるだけですよ」
髪を撫でていた手で、ぽんぽんと頭を軽く叩くと、カインが頭を上げてセシルを見上げた。
「何?」
「お前、さっきから俺のこと子供扱いしてないか」
思わぬ一言に、一瞬面食らった。
だが、
「…………っ、く、くくっ…」
当たらずとも遠からず、と言ったところだろうか。
そう言われてみれば、そんな気がしないわけでもなく。
不機嫌半分、本気半分な表情で見上げてくるカインの顔を見つめ返すと、笑いが止まらなくなってしまった。
「セシル、お前なぁ」
「あー……、本当に可笑しい」
「おい」
「カイン、可愛いなぁ」
「は?」
「お前の事がこんなに可愛く見える日が来るとは」
思ってもみなかった。
ずっと、年上の頼りになる人だと思っていた。
ライバルだ、負けない、と口では言っていたけれど、それ以上に誰よりも頼りにしている相手だった。
たった一つしか違わないのだけれど、その一年の差に甘えて、寄りかかって。
今ならば分かる。
逆に彼は、その一年の差にどれだけ悩んで、強くあろうとしたことだろう。
それを思うと、笑っていたのに、今度は泣き出しそうになってしまった。
ごめん、もう一方的に甘えたりしないから。
だから、もうどこにも行かないで。
そう言えたら。
「……いつも甘えてばかりだったから、たまには甘やかしてみようかなと思ったんだが」
けれど、口から出る言葉は精一杯の強がりだ。
それが既に甘えている証拠でしかない。
「十年早い」
「え? ……うわっ」
カインがぼそりと答えると、ぐいと腕を引かれた。
目覚めた時と同じ、腕枕に逆戻りだ。
「昼まで寝るから、ここにいろ」
「…………うん。……カイン……」
「なんだ?」
「急に素直になるからちょっと驚いた」
「言えと言ったのはお前だろう」
呆れたようなため息がひとつ、セシルの髪をくすぐる。
「うん……だから嬉しいよ」
「そうか」
「お前と、こんなくだらないやりとりが出来て」
また出来るようになって。
「すごく嬉しい」
「……そうだな」
馬鹿なことをと笑われるかとも思ったが、返ってきたのは肯定の言葉だった。
「おやすみ」
「ああ」
ぐずぐずと溶けてしまいそうな、暖かい温もりの中、ゆっくりと目を閉じた。
目が覚めたら、また、この幸せな時間が続きますように。
繰り返し繰り返し、何度でも。
手の届くところにある幸せを抱きしめて、眠りに落ちた。
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