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Brand-new Day
2016 新年
窓を開けると、真冬の冷たい空気と共に、眼下に広がる街のざわざわとした喧噪が部屋の中に入ってくる。
常ならば、とうに皆、寝静まっている時間だ。
それなのに、街にはまだ煌々と明かりが灯り、通りを行き交う大勢の人の姿が、ここからでも小さく見える。
一年のうちで唯一の、特別な夜なのだ。
もうまもなく、新しい年がやってくる。
耳に届く街のざわめきも、流れ込んでくる浮かれた空気も、かつてここから見た日のものとよく似ていてセシルは安堵する。
城の正門前の大広場では、組み上げた薪が焚かれるのが恒例だった。そこに街の人々が集まってくるのだ。
様々なことがあった一年だった。それ故に、例年のように祭りなど行っている場合ではないと言う意見もあって、どちらの言い分も正しいだけに、一時は揉めた。最終的には例年通りに執り行うと議会で決定されて、今日に至る。
決定は議会に委ねたため、セシル自身の下した結論ではなかったが、やはり国の人々がどういう反応を見せるのか、ずっと気がかりだった。
少しでも早く、バロンが、そして世界が元の平穏を取り戻せるように。
そのために日々奔走しているセシルに、記憶に残るかつての日々に似た活気は、思っていた以上の安心と喜びを与えてくれる。
懐かしい少年時代を過ごした、城の西塔の最上階にある部屋で、セシルは街を見下ろし知らず微笑んだ。
小さく扉を叩く音が聞こえた。
窓の外を見ていたセシルは、扉のほうを振り返る。
この部屋を訪ねてくるのは、ローザかカインのはずだ。
二人と、ここで年を越そうと約束をしていたわけではなかったが、きっとここに集まるのだろうと予想はしている。
「どうぞ。鍵、開いているよ」
扉の向こうの相手が誰かも確認せずに、そう答える。
予想というよりは期待だろうか、と、ふと思った。
「手がふさがってるんだ、開けてくれ」
そしてその期待通りの声が返ってくる。
カインの言葉に、わかったと返事をすると窓の傍から離れた。
「何を持ってきたんだ……すごい荷物だな……!」
扉を開けると、右手に大きな籠を、左手にはこちらも大きな紙袋を抱えた親友がいた。
驚きの声を上げながら、ドアを大きく開けてやる。
「下でローザと会ったんだ。これを持って先に上がっていろと言われて」
そう言いながら、カインは籠をテーブルの上に置く。
「で、ローザは?」
「まだ何か持ってくるつもりなんだろうな」
ローザから渡されたということは、籠の中身は食べ物だろう。
その隣にカインは紙袋も置く。ごとりと重い音がして、中身が簡単に知れた。酒の瓶に違いない。
抱えていた荷物をすべてテーブルに置くと、そのまま中身には触れず、カインは窓のほうへと歩いて行く。セシルは置かれた荷物と彼の背中を交互に見やる。
籠を開けるか迷っていると、窓から街を見下ろしたカインの言葉に、手が止まった。
「盛り上がっているみたいだな」
「……うん……」
一瞬の沈黙の後に、ただ頷いた。
カインが振り向く。
振り向いた彼と視線が合う。ほんの僅か、言葉もなくただ互いに見つめ合う。
そしてゆっくりとテーブルの傍を離れると、セシルは彼の隣に立った。
先程までのように眼下の街の光景を見つめる。
「これでよかったのかな」
「やってもやらなくても、文句を言うやつはどこにでもいるさ」
一部で非難の声があったことを、カインも知っていたのだろう。話してはいなかったはずだが。
そして経緯はどうあれ、その声がセシルに向かってしまうこともカインには想像に難くない。
「少なくとも、子供達は祭りがあったほうが喜ぶだろう」
「そうだね」
幼い少年が二人、手を繋いで小走りに駆けていく姿が見える。
「だから、何を言われても放っておけばいい。お前が気に病むことじゃない」
自分で自分に言い聞かせてきた言葉だった。
けれども、自分ではない誰かが、殊に彼が、敢えてそう声にして告げてくれることで、一層強く支えられていることに気が付く。
ありがとう、大丈夫だよと言わなければいけない。
セシルは窓枠に掛けた掌をぎゅうと握りながら、口を開く。
けれども声になるのはまったく別の言葉だ。
「……まだ、自分でもいろいろなことが整理できていなくて」
「ああ」
また縋るような、甘えるような事を言ってしまうと思うのに、短く相槌を打つ彼の声があまりに穏やかで優しくて、止められなくなる。
「こんな一年になるなんて、思ってもいなかったんだ」
街を見下ろしていた視線を、空へと転じれば、そこには今はまたひとつに戻った月が見える。
もうひとつの月が再び現れて、そして起った出来事の全てが、まるで幻だったかのような静かな夜空だ。
けれども、すべては確かに現実だ。
その何よりの証拠は、今、セシルの隣にいる親友の存在だった。
「でも、ひとつだけ」
実現したことがあった。
隣に立つカインの顔を見つめる。
不自然に言葉を止めたセシルを、怪訝そうに見つめ返している。
「今年の初めに、夢を見たんだ」
「……夢?」
「そう。夢、だったんだけれど」
ずっとセシルの中で、たった一つ、何が起きても希望にも似た、暖かい想いとして在り続けた光景だった。
「お前が、夢に出てきて。確かに見たんだ……今の、お前を」
想像もしていなかった出来事が次々と起こる中で、ひとつだけ予感をしていたそれは、セシルにとっては何にも代え難い幸せの象徴だった。
「俺の夢、か」
ふっとカインが小さく笑う。
「夢の話なんて、子供みたいなんだけど」
「でも、お前は信じたんだろう?」
「……ああ」
信じて良いのだと、ローザが背を押してくれた。
彼女のくれた言葉に、今でも尽きぬほどに感謝をしている。
「人の想いというのは、不思議なものだな」
カインがぽつりとそう呟いた。ひっそりとした声だが、何かを懐かしむような、温かさと柔らかさがある。
彼にしては、とても珍しい言葉のように思う。
「え?」
「……いや、何でもない」
聞き返したセシルに、カインはそう言って、その声と同じく、懐かしそうに柔らかく笑った。
不自然に言葉を止めたセシルを、怪訝そうに見つめ返している。
「今年の初めに、夢を見たんだ」
「……夢?」
「そう。夢、だったんだけれど」
ずっとセシルの中で、たった一つ、何が起きても希望にも似た、暖かい想いとして在り続けた光景だった。
「お前が、夢に出てきて。確かに見たんだ……今の、お前を」
想像もしていなかった出来事が次々と起こる中で、ひとつだけ予感をしていたそれは、セシルにとっては何にも代え難い幸せの象徴だった。
「俺の夢、か」
ふっとカインが小さく笑う。
「夢の話なんて、子供みたいなんだけど」
「でも、お前は信じたんだろう?」
「……ああ」
信じて良いのだと、ローザが背を押してくれた。
彼女のくれた言葉に、今でも尽きぬほどに感謝をしている。
「人の想いというのは、不思議なものだな」
カインがぽつりとそう呟いた。ひっそりとした声だが、何かを懐かしむような、温かさと柔らかさがある。
彼にしては、とても珍しい言葉のように思う。
「え?」
「……いや、何でもない」
聞き返したセシルに、カインはそう言って、その声と同じく、懐かしそうに柔らかく笑った。
不自然に言葉を止めたセシルを、怪訝そうに見つめ返している。
「今年の初めに、夢を見たんだ」
「……夢?」
「そう。夢、だったんだけれど」
ずっとセシルの中で、たった一つ、何が起きても希望にも似た、暖かい想いとして在り続けた光景だった。
「お前が、夢に出てきて。確かに見たんだ……今の、お前を」
想像もしていなかった出来事が次々と起こる中で、ひとつだけ予感をしていたそれは、セシルにとっては何にも代え難い幸せの象徴だった。
「俺の夢、か」
ふっとカインが小さく笑う。
「夢の話なんて、子供みたいなんだけど」
「でも、お前は信じたんだろう?」
「……ああ」
信じて良いのだと、ローザが背を押してくれた。
彼女のくれた言葉に、今でも尽きぬほどに感謝をしている。
「人の想いというのは、不思議なものだな」
カインがぽつりとそう呟いた。ひっそりとした声だが、何かを懐かしむような、温かさと柔らかさがある。
彼にしては、とても珍しい言葉のように思う。
「え?」
「……いや、何でもない」
聞き返したセシルに、カインはそう言って、その声と同じく、懐かしそうに柔らかく笑った。