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2016 新年

「やっぱり……なくしたくないんだ」
 懐かしい思い出に浸っていた沈黙を破って、セシルがぽつりと呟いた。
「赤い翼か?」
「……うん」

 ひとまず武装は外した。
 だが、バロンのみが飛空挺を所持するのは不公平だ、飛空挺そのものをなくしてしまえという声が、他国を中心にあるのも事実だった。
 かつての戦乱の後にも同じ声があった。だから結果的に、同じく空軍だった竜騎士団が解散された。カインは自身で提案したそれを見届けてバロンを出たのだ。
 セシルが赤い翼を離れて十年以上が経つが、それでも自分のいた、守ってきた場所が無くなる寂しさや空しさは、きっと同じだろうとカインは思う。
 なくしたくないと願う想いは、よくわかる。
 
「これからの運用次第だろう。いくらでも変えていけるはずだ」
「……出来るかな?」
「お前次第だ」

 俯いたセシルの頭を、カインはぽんと軽く叩く。
 そのまま踵を返すと、セシルに背を向けて、甲板の反対側へと歩き出す。
 
「お前が望むのなら、叶えてやるよ」
「え……? それって、」
「よく考えるんだな。どんな未来も、お前次第だ」
「……望んで、いいのかな。また、我が儘になるよ?」

 少し震える声。
 すれ違う一瞬、空を映したいつもよりも青く見える瞳が揺れていた。
 
「そのために帰ってきたんだからな」

 甲板に寄りかかり、再びセシルのほうへと振り返った。

「……僕のためじゃないって言ったくせに」

 朝日の中で、セシルがそう呟く。
 憎まれ口だが、それとは真逆の声だった。
 逆光で顔が見えないが、泣いていなければいいと思う。

「別にお前だけのためってわけじゃない。それだけのことだ」

 そう答えて、カインは飛空挺の機首へと視線を向けた。
 シドの姿がないがどこへ行ったのだろう。
 いつの間にか、操縦桿をセオドアが握っている。それをやや不安気にローザが見守っていた。
 
「あいつらのためでもあるし、結局は、自分のためでもある。そのつもりで帰ってきた」
「……うん」

 飛空挺の高度も下がり、朝日がかなり高い位置になった。
 今まで逆光で見えなかったセシルの表情がよく見えるようになった。 
 泣いていないだろうかと思ったが、セシルは穏やかに笑っている。

 カインの言葉に頷いたセシルが、カイン同様、操縦席へと目を向ける。
 と同時に、ローザがこちらを振り向き、二人を手招きした。
 二人は並んで歩き出す。 

「いつの間に操縦を覚えたんだ?」
 操縦桿を握る息子の背後に立ち、セシルが声を掛ける。
「と、時々、シドから、お、教わってました……!」

 答えるセオドアは必死だ。
 そんな様子に、セシルもカインも笑いを噛み殺す。
 セシルにもこんな時期があったと、懐かしく思い出すと、一層笑いが止まらなくなってしまう。
 似たようなことを考えているのか、セシルもくすくすと笑い続けていた。
 
「おお、あったぞ!」
 
 そこに、シドが何かを抱えて、船底の貨物室から出てきた。

「なんだ?」
「私たちは新年のお祝いもしたけど、シドとセオドアはまだでしょう?」

 シドが持ってきたのは、ワインのボトルだった。
 それを受け取ったカインが、慣れた手つきでコルクを抜く。
 さすがに船上なのでグラスではないが、陶器の丈夫なカップに注ぎ分ける。

 その様子を見ながら、セシルはセオドアに、 
「じゃあそろそろ代わろうか」
と声を掛けて、操縦桿を握った。
 舵を渡して解放されたセオドアが大きなため息を吐く。余程緊張していたらしい。
 そんな息子に、お疲れ様と笑いながら、ローザがカップを手渡した。
 先程よりはだいぶ高度も落としていて、風もほとんどない晴天だ。セシルが桿に手を掛けているが、ほとんど自動で動いているようなものだった。
 カインはセシルにもカップを渡してやる。
 
「こんな空の上で乾杯なんぞ、贅沢じゃの」
「そうだな」

 全員にワインが行き届いたところで、カップを掲げる。



 新しい年がやってきて、これからも毎日が続いていく。
 それが輝ける日々であるように、夢の続きを紡いでいくのだ。
 
「乾杯!」

 未来へと続いていく新しい日々を想い、祝杯をあげた。  

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