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―Cecil & Rydia―

「はんぶんこ、ね」
 隣に座った少女はそう言うと、箱の中に綺麗に並べられていたチョコレートを、ひとつ、ふたつと数え始めた。
 そんな無邪気なリディアの様子を見つめながらセシルは小さく笑う。

 ホブス山を下りて最初の村に到着したのは夕方には少し早い時間だった。
 ファブールの城下まではもうあと数日だ。
 村にある唯一の雑貨店に立ち寄ると、チョコレートが売られているのを見つけた。
 こんな小さな村では珍しいものだろう。
 ミストからずっと一緒に旅をしている少女が喜ぶだろうか、と買い求めて宿に戻った。
 リディアに箱を手渡すと、彼女は一瞬きょとんとした顔をしてセシルを見上げ、
「ほんとうにいいの?」
と尋ねてきた。
 彼女にとってもチョコレートは珍しいものだったようだ。
「いいよ。たくさん頑張ったからね」
 ご褒美だよ、と言うと、ありがとうとリディアが笑った。
 
「むっつあるから、みっつずつ。ね?」
「全部リディアが食べていいんだよ」
 そのつもりで買ってきたのだが、彼女はセシルと分けるつもりらしい。
「セシルは、チョコレートきらい?」
「いや。甘いものは好きだけれど」
 苦手だから全部食べていいよ、と答えれば良かったのかもしれない。
 けれど、深い森の色をした瞳にまっすぐに見つめられると、嘘は言えなかった。
「じゃあ、はんぶんこだよ」
 そう言って、リディアはセシルの掌にチョコレートの粒を三つ載せた。
「ありがとう」
 チョコレートをというより、少女の優しさを受け取ったような気がする。
 セシルが礼を言うと、隣に座るリディアはにっこりと笑う。
 
「いただきます」
 食事の時のようにきちんと挨拶をして、けれどもう待ちきれなかったのだろう。
 リディアはきらきらとした目でずっと見つめていたチョコレートを、すぐにぱくりと一粒口に入れた。
「あまーい!」
 両手を頬に当てて、リディアが声を上げる。
 美味しいものを食べたときに、ほっぺたが落ちそうと言うけれど、まるで頬が落ちないようにと抑えているようで、可愛らしい仕草にセシルは思わず小さく笑う。
 すぐに二粒目を頬張った彼女を見つめながら、セシルも自らの掌に載せられたうちの一つを口に運んだ。
 砂糖の甘さがミルクの優しい味に溶けて、そこにほんの少しカカオのほろ苦い味が残る。
 甘い物を口にすると、ほっとするのは何故だろう。
 リディアのために買ってきたつもりだったのだけれど、口内に広がる安堵する味に癒やされているのはセシルのほうだ。
 
 好物の甘味に癒されながらしばしぼうっとしていたが、ふいに隣から熱心な視線が向けられていることに気が付いた。
「リディア?」
 どうかした?と尋ねようとしたが、口を開く寸前、空っぽになった箱が目に入る。  ああ、そういうことか、と腑に落ちた。

「二人で仲良く分けてね」
 セシルがまだ幼い頃、親友の母がそう言ってよくお菓子をくれた。
 チョコレートだったりクッキーだったり、時には飴玉だったり。遊びに行くと必ず何か用意されていた。
 貰ったお菓子を、カインと二人で半分ずつ分け合う。
 昔から甘いものは大好物で、貰ったお菓子に夢中になっていつも先に食べ終えてしまうのはセシルの方だった。
 ちゃんと平等に分けたのだから、同じ数ずつ貰った。それは分かっている。
 けれども、まだお菓子の残っている親友が羨ましくて、じっと見つめてしまう。
 そして結局最後には、カインは残っていた自分のぶんのお菓子をセシルに分けてくれるのだった。
 
 最初はそんなやりとりをよくしていて、それからもう少し大きくなると、半分にするのではなく、カインはセシルに最初から多くをくれるようになった。
 十をいくつか超えたくらいになると、甘いものはいらないから全部お前にやる、と言うようになって。
 そして最終的にはそんなやりとりすらしなくなったのだ。
 例えばコース料理の最後に出てくるデザートは、当たり前のようにセシルが二人分食べてしまう。
 カインとの間では、それがセシルの「当たり前」だった。
 
 今になって気が付いた。
「甘いものは嫌いだ」
 そうはっきりとカインから聞いたことはなかったということに。

 ――すべては彼の優しさだったということに。

「はんぶんこ、しようか」
「え?」
 リディアがくれた三つのチョコレート。
 一つは食べてしまって、あと二つまだ残っている。
「はい、あーん」
 二粒のチョコレートの片方を、セシルはリディアの口に入れてやる。
 そして残った最後の一粒を自分の口に入れた。

 こんな小さなチョコレートのわずか数粒にもたくさんの思い出があるのだ。
 ミストで別れたきり、安否すらわからない親友。
 甘いはずのチョコレートが、先ほどよりもずっと苦く口内に広がる。
 
「おいしいね」
 セシルを見上げて笑う少女に、笑顔を作ると、そうだねと答える。

「また、はんぶんこしようね」
「……ああ」
 まるで内緒話のようにリディアが耳元で囁くように告げた言葉に頷く。
 今度ははじめから彼女のほうが多くなるように分けないとな、と思った。

 いつも貰っていた「当たり前」の優しさが、今はとても遠くて。
 思い出の中にしかないそれはあまりにも儚い。
 チョコレートのように、甘くて優しい思い出を、壊れないように、壊さないように。
 僕はどこまで旅を続ければいいのだろうか。

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