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2019 バレンタイン

 ガトーショコラの作り方は端的に言ってしまえば、材料を混ぜて焼く、それだけだ。だがシンプルなだけに一つの失敗が完成度を大きく左右してしまう。
 エーコの失敗の原因は彼女自身が言っていたとおりだろう。湯煎したチョコレートを粉と混ぜるわけだが、当然のことながら湯から下ろしてしまえばチョコレートは冷えて硬くなる。そのまま固まってしまい粉との混ざり方が不十分だと、焼いた際に不自然な空洞ができて結果的に全体が萎んでしまうのだ。

「自分で出来るところは自分でやるわ」
 そう言った彼女は慎重な、丁寧な手つきで粉をふるいに掛けている。何事もそうだが、ひとつひとつの作業の完成度が、全体の完成度にも影響する。ひとまず出番が来るまで、カインは真剣なエーコを見守ることにした。
 粉と砂糖、チョコレートやバターを溶かしたものを混ぜ合わせ、さらにはメレンゲを追加するわけだが、メレンゲも作るのには卵白を泡立てるという腕力を要求される作業がある。その上、チョコレートが固まらないうちにメレンゲを用意して、となると手順が非常に慌ただしくなるのは当然だった。相当に手際が良くなければ一人で作業をこなすのは難しいだろう。

 要所要所でエーコに手を貸しながら、どうにか二人は生地を完成させた。それを型に流し込む。
「ううー、緊張するわ。今度は上手くいってよね……手伝ってもらったんだから」
 熱したオーブンに型を入れたエーコは祈るように呟いた。
「失敗したら、上手く出来るまで挑戦するだけだ。気楽に構えておけ」
「つきあってくれるの?」
「今日は暇だからな」
 カインの答えにエーコがはにかむ。だが、すぐに真剣な顔になり、
「でも、これ以上失敗したら材料ももったいないし……やっぱり成功させたいわ」
と言った。

 焼き上がるまでは時間がかかるだろう。カインは失敗作が並ぶ作業台へ近付いた。
「味を見ても構わんか?」
「もちろんよ。味は。悪くないと思うの」
 いただきます、と見た目の悪いケーキのひとつにナイフを入れ小さく切り分けると、摘み上げ口へ運ぶ。甘さが強いのはカインの好みとは異なるが、確かに味は悪くない。
「なるほど、味はよく出来ているな」
「そうなの。問題は見た目なのよ……! でもジタンには完璧なケーキを渡したいし」
 エーコがまだまだ焼き上がるには時間のかかるオーブンを睨む。

「これはこれで他の連中に食って貰えばいいんじゃないか」
「失敗作を押し付けるのは悪いもの」
 女の子というのは細かいところに気を使うものだと半ば感心する。そんな様子に苦笑しながらも、ふと思い付く。
「ならばこれで別の菓子を作ればいい」
 味は良いのだからどうにでも出来る。失敗作と言わなければ誰にも分からないだろう。本命のジタンにはケーキ、他の人たちにはケーキ以外を、周囲からはそう見えるだけだ。

「そっか……もっとチョコレート足したらブラウニーになるかも」
「このまま一度崩して丸めればトリュフにもなりそうだな」
 二人で話しているとアイデアはするすると出てくるもので、あれこれと話し合いながら再び共に調理にとりかかる。

 その後、エーコがさらにハート型のクッキーを焼きたいと言い出したり、ようやく上手く焼けたケーキに飾り付けをするのに悩んだり、そこでまた形の歪な失敗作が増えたりと、大小さまざまなトラブルに見舞われた。
「出来たわ!」
 それらをなんとか乗り越えて、エーコとカインはついに目的の「完璧なガトーショコラ」を完成させたのであった。

 綺麗な円を描き、ヒビ一つ入っていないケーキは見た目にも美しい。チョコレートの匂いと微かなバターの匂いが食欲をそそる。それとは別に綺麗なハート型ばかりを集めたクッキーの袋もある。ケーキはすぐに食べてしまわないといけないが、クッキーならば日持ちがするという配慮らしい。
 チョコレートを渡して好意を伝えるというのが本来の目的で、そこからやや脱線している感もあるが、エーコが嬉しそうにしているのでこれで良いのだろう。

「カインは何を作ってたの?」
 エーコを手伝いながら、余った材料や失敗作でカインも一品作っていたのに彼女は気付いていたらしい。
「これだ」
「わぁ、キレイ」

 カインが示したのは二つのグラスに入ったデザートだった。クッキーを砕き固めたものや、ケーキにラム酒を含ませたもの、クリームなどを幾層かに重ね、その上にもクリームや小さく切ったブラウニー、フルーツなどを盛りつけナッツを散らしてある。余り物の寄せ集めではあるのだが、見た目は非常に華やかだ。
「これ、ローザに渡すのね!?」
 急にキラキラとした目でエーコがカインを見上げた。
「絶対にローザも喜ぶわ。二つあるってことは二人で一緒に食べるのね。そうだ、エーコもジタンと一緒にケーキを……ああ恥ずかしいわ、そんなの!」
 次々に勢いよく話し始めるエーコに、カインは気圧される。半ば妄想のようなことを言い出したが、否定しておかないとさらに誤解が大きくなるのは間違いない。
「いや、それは違」
「お洒落なスイーツを二人で食べるなんて絶対ロマンチック! 素敵だわぁ」
「だから違うと」
「頑張ってねカイン! エーコはカインの味方だから!」
「頼むから俺の話を聞いてくれ……」

 カインの懇願も恋に憧れる少女の耳には届かない。エーコはすっかりカインもローザに告白するものなのだと信じているのは明らかだった。
 痛み出した頭を抱えながら、カインは少女の誤解を解くことを半ば諦めたのであった。

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