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dragoon meets a silver kitten

 よたよたと覚束ない足取りで子猫が後を付いてくる。
 そのまま振り切ってしまうことも当然出来た。後ろを振り返らずに、そのまま住処に帰れば良いだけのことだ。
 けれど、まるで幼い子供が親兄弟の後を追うかのように、懸命に自分の背を追ってくる小さな生き物を、結局は放っておくことが出来なかった。
「仕方がないな」
 ため息を吐きながら、ぬかるんだ泥水に足をとられてべたりと転んだ子猫を拾い上げる。

 遠い昔に、同じ言葉を口にしながら、地面に座り込んだ相手に手を差し伸べたことをふと思い出した。

 山の中腹にある粗末な小屋が、今のカインの住処である。
 大きな家で生まれ育ち、何ひとつ不自由することのない生活から一転、山籠りを選んだ訳だが、慣れてしまえばそう悪くはない生活だった。無論、快適とは程遠い暮らしだが、居心地は悪くはない。
 だからだろうか、帰り時を見失ってしまっていることに、薄々気付いてはいた。

 だが、帰ったところで、そこに自分の居場所はあるのか。

 どちらにせよ確実なのは、帰らずとも、カイン自身もそして親しかった人々も、それぞれにちゃんと問題なく生きていけるのだという現実だった。



 思わぬところで道草を食ってしまったせいもあり、小屋に帰り着いた頃には、夜明けが近かった。
 雨はすっかり止んでいる。
 抱えてきた荷物を小屋の中に放り込むと、拾った子猫だけはそのまま床に置かず抱き上げると川へと向かう。泥だらけの身体で歩き回られてはたまらない。
 最初から泥まみれだった子猫は、途中転んだこともあり、多少の雨に濡れたくらいで綺麗にはならないほどに汚れていた。
 まずは徹底的に洗い上げてやるのが、今日のカインの最初の仕事だ。

 川辺でブーツを脱ぎ捨てると、浅瀬に足を踏み入れた。
 そして、猫を洗おうと川の水に浸けようとする。
 しかし、
「こら、大人しくしろ……!」

 掌に乗せられるくらいの小さな身体なのだが、想像以上の力強さで必死に暴れるのだ。水が嫌いなのだろうか。
 猫を飼ったことがないカインにはよく解らない。
 だが、この惨状を見逃してやる訳にもいかないのだ。

「綺麗になってからでないと、中には入れてやらんぞ」
「……ナァ」
 散々暴れたが、それでも引かないカインについに子猫のほうが折れたのだろうか、小さく鳴くとついに抵抗を諦めたらしい。カインの成すがままに、川の中に入れられた。

 水の中で、撫でるようにしながら、汚れた毛を洗ってやると、固まってこびりついた土や泥が溶けて流れて行く。
 時々、ミィとどこか情けない声で鳴いていたが、最初のように暴れることはもうなかった。

 やがて、すっかり身体が綺麗になった子猫を、目の高さまで抱き上げる。
 それと同時にプルプルと子猫が身体を震わせた。水をたっぷり吸った毛から、水飛沫が飛ぶ。
「おい、お前」
 顔面に水を掛けられた格好になったカインが、抱き上げた子猫を睨め付ける。
「ナァ?」
 仕返しだとばかりに澄ました顔で子猫が鳴いた。

 すっかり泥や汚れが落ちて茶色の毛玉から元の姿に戻ったその子猫は、まるで月光のような白銀の毛の色をしていた。

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