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dragoon meets a silver kitten

「ここなら絶対見つからないよ」
 子猫をそっと胸に抱いたまま不安そうな顔をするローザに、セシルが頷いて言う。
「本当?」
 だいじょうぶなの?とこちらを見上げた彼女に、カインも大丈夫だと力強く頷き請け負ってやった。
 森の奥で偶然に見かけた一匹の子猫。
 だが、拾った子猫を連れ帰ったところで、カインもローザも家では飼えないことは理解していた。城に住むセシルもまた同様だ。
 結局、大人達には内緒で育てようと、森の小さな洞窟に、子猫の寝床を作ってやった。
 毎日、毎日、三人で子猫の様子を見に行く。
 そして朝から夕方まで、三人と一匹で森の中を転げ回る。
 けれども、そんな生活は、そう長くは続かなかった。

 あの時の子猫は結局どこへ行ってしまったのだろうか。

 銀色の子猫が、皿に入れてやった水をぴちゃぴちゃと舐める様子を眺めているうちに、カインは懐かしい記憶を思い出していた。
 兵学校に入る前、まだ幼い子供だった頃のことだ。幼馴染み達と、子猫を拾った。
 しかしある朝、忽然とその子猫は姿を消してしまったのだ。

 猫は気まぐれな生き物だから。

 自分にそう言い聞かせて納得しようとした。今思えば無理矢理な言い訳だ。
 それだけショックだったのだろうと、幼かった自分を思い出して苦笑する。

 きっと、今目の前にいるこの銀の猫も、ある日突然にふっといなくなる。

 そう考えておかなければいけない。
 まだ、猫と暮らし始めて十日にも満たないというのに。
 何年もずっと独りでいたはずなのに、孤独な暮らしが随分遠いことのように思えた。

 子猫が砕いたビスケットを平らげるのを眺めながら、カインも手早く朝食を済ませる。食事が済むと外へ出た。
 ここではやることなど一つしかない。
 愛用の槍を手に、ひたすらに素振りをし、型をさらう。
 この山に来てから、一日たりとも修練を休んだことは無い。
 それが最早ただの意地でしかないことも、いつになれば終わりが来るのか見えなくなっていることにも、気付いてはいた。けれど、それでも技を磨くことだけはやめたくなかった。
 そこに嘘や偽りはない。それだけは確かだ。

 カインが外に出ると、子猫も後をついてくる。
 不思議なもので、カインが修行に励んでいる間、まったくこの幼い猫は邪魔をしない。
 武器を振るっている最中に、足元にじゃれつくこともなければ、大きな木の下で瞑想している間に膝に乗ってくることもない。
 少し離れた場所で毛繕いをしていることもあれば、まるで自分も修行をするのだとばかりに、木の幹で爪を研いだり、小さな虫を追いかけ回し小突き倒していることもある。
 かと思えば、陽当たりの良い岩の上で、丸くなって昼寝をしている日もあった。

 そんな風に、外では気ままに過ごす子猫は、何故か小屋に帰ってくると、カインの足元にじゃれついてばかりいる。
 椅子に座って考えごとをしていれば遠慮なく膝の上にも乗ってくる。
 ふわふわとした長めの銀色の毛を撫でると、ナァと小さく啼いてぱたりと尻尾を振る。
 やがて腹が減れば、食べるものが欲しいとミィミィと鳴く。
 そして夜が更け、カインが粗末なベッドに入ると、程なく毛布の中に潜り込んでくるのだ。小屋の隅に寝床は作って やったのに、朝までそこで寝ていることはまずない。
 カインが眠りに落ちる直前、必ず隣に忍び込んでくる。目を開けて確かめるのも億劫だったが、隣に暖かい気配があるのは悪くはない。
 ただ、ひどく懐かしいと、寝落ちる寸前のぼんやりとした頭で、そう感じた。

「どこに行っちゃったんだろう……」
 不安そうな顔で幼いセシルが項垂れている。
 子猫がいなくなった、あの朝だ。
 懐かしい夢だ、と思った。
「探してみよう」
 呼びかけたが、何故かセシルはこちらを見ない。
 カインの姿に気付かぬまま、セシルはきょろきょろと周囲を見回し、子猫を探す。
 だが、子猫は見つからない。
 やがてこちらに背を向け俯いた。

「……どうして、」

 ぽつりと零れた言葉は、もう子供の声ではなくて、大人になったセシルの声だった。
 いつの間にか、セシルの後ろ姿はすっかり大人の姿になっていて、伸ばした銀色の髪が俯いた拍子にふわりと揺れる。

 すまない、と謝る言葉は声に出来ず、ただその背に腕を伸ばした。
 銀色の髪に顔を埋める。
 どれだけの時間、そうしていたのだろうか。

「セシル」

 意を決して顔を上げ、名前を呼んだ。

「……ナァ」

 目の前に広がる銀の色は、懐かしい人のものではなくて、ただ似ている温もりだけが腕の中にあった。
 不思議そうにカインの顔を見上げる双眸は、記憶の中の人とは違って、蒼い色をしている。

「……すまない」

 夢の中で結局言えなかった言葉が、腕の中の銀色の子猫に向かって滑り落ちた。

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