gallery≫novel
竜の騎士と銀の猫
dragoon meets a silver kitten
「長老が、館までご足労頂きたい、とのことです」
ミシディアからの使いだと言う魔導士の二人連れが尋ねてきたのは、拾った子猫と暮らし始めて一月半ほどがたった頃のことだ。
こういった来客があることは、特に珍しいことでもない。
この山に籠もるに当たって、ミシディアの長老に、一言断わりを入れてはいた。そのせいだろうか、時折、こうして使いの者が小屋を訪ねてくる。
招来には出来る限り応じることにしていた。手強い魔物が出るので退治して欲しい、というような依頼をされることが多い。
詳細はミシディアで長老に会うまでわからないが、おそらく今回も似たような話になるのだろう。
「……支度をするから少し待て」
使いの魔導士達にそう返事をして、踵を返す。
支度と言っても、大したことはない。
カインは装備と最低限の身の回りのものさえ調えれば良く、食料やアイテム類の旅に必要なものはミシディアで用意されている。
「ニャァ」
手早く武装を調えていると、足元に子猫が擦り寄って来た。
共に暮らすようになって、一月半。
拾った時は、掌に載るくらいの大きさだった子猫は、二回りほど大きくなっていた。
見知らぬ人間が現れたことで、警戒しているのだろうか。いつもよりもピンと立った耳の間をカインは撫でてやる。
「……お前はどうする?」
ほぼ確実に魔物退治になるとわかっている以上、連れて行くのは憚られた。
元は野良猫だ。いや、今もカインが飼っているというわけではない。勝手に小屋に住み着かれただけだ。
多少の食料を置いていけば、あとは勝手にするだろうか。
小屋を出て、先導する魔導士達の後を追って山道を下っていく。
そのカインの後を、子猫は必死になって追ってきた。
じゃあな、と一声言い置いて小屋を出たカインを、最初はいつもの修練に出かけるだけだと思ったのだろう。いつものように、子猫も続いて外に出た。
だが、常とは異なり山を下る道を歩いて行くカインの姿に、子猫なりに何か思うところがあったらしい。
慌てて、走って追いかけてきた。
そうは言っても、やはり連れて行くわけにはいかないのだ。
下手に構い立てるよりは、放っておく方が良い、そのうち小屋に帰るなりするはずだ、と思った。
しかし子猫は諦めない。
追いついたカインにまた置いて行かれると、走って追いかける。よたよたと歩きそしてまた距離が広がると駆け出す。
甘えて鳴くことすらせずに、ただただ必死に後を追ってきた。
何度も何度もそれを繰り返し、ついに山の麓に辿り着いた時、結局折れたのはカインの方だった。
ひとつ大きく嘆息するとカインは子猫をつまみ上げ、背負っていた荷袋の上に載せる。
前を歩いていた魔導士達が振り返った。若い女性の白魔導士と、壮年の男性の黒魔導士の二人組は、長老から厳命されているのだろう、余計な事は何一つ口にしない。
だが特に白魔導士のほうは、追いかけてくる小さな猫がかなり気になっていたらしい。
カインが猫をすくい上げるのを見て、安堵したように小さく微笑んだ。
山の入り口には3羽チョコボが繋いであった。
彼らはチョコボを駆ってミシディアの街を目指す。
街についたら、そこで子猫を置いていこうとカインは思っていた。
山奥の誰もいない場所に置き去りにするよりは、街中のほうがまだマシかもしれない、そう考えることにしたのだ。
ミシディアは故郷バロンほどではないにせよ、それなりに大きな街だ。裏路地に入れば野良猫などの姿も多く見る。
まだ幼い子猫だが、生きていくには十分だ。
自分も長老からの依頼が済めば、報告のため一旦ミシディアには立ち寄る。
その時にまた子猫と縁があり、子猫がそれを望めば山へ一緒に帰っても良いだろう。
この猫は、決して自分の飼い猫などではない。
共に生きる相手など、それがたとえ人間でなくとも、今更望むつもりはなかった。
ミシディアの街へ到着する少し前から、雨が降り出していた。
徐々に雨足は強くなり、街へ到着する頃にはすっかり土砂降りの雨になっていた。
時刻は夕刻にはまだ少し早い時間だ。だが、悪天候のせいか、空は薄暗く、街は暗く沈んでいる。
長老の住む館の前で、カインは子猫を地面に下ろした。
「お前は中には入れない。ここで待っていろ」
石段の上に座った子猫にそう告げる。
屋根があるから、雨を凌ぐには十分だろう。
ナァ、と銀色の猫が一声鳴いた。
わかった、と返事をしたようだった。
子猫と別れ、館に入る。
さすがに雨の中を来たずぶ濡れの姿のまま、ミシディアの最高位たる長老に会うわけにはいかない。
招いたミシディア側も当然、館に部屋を用意していた。そこで身なりを整えると、程なくやはり乾いたローブに着替えた使いの魔導士達が迎えに来た。
長老の待つ部屋に向かって廊下を進む。
館には、主に魔導士たちの姿が多くある。
この館にはカインも見知っている双子達も暮らしているはずだが、ここで一度も顔を合わせたことはなかった。おそらくは長老の采配なのだろう。
ローブを纏った多くの魔導士達とすれ違う中、ふと一人の少女の姿が目を引いた。
薄水色のドレス姿は、当然魔導士のものではない。
どこかの貴族の家の令嬢だろうか。
この館で魔導士以外の者を見かけるのは珍しい。
そう思って何気なく振り返ったカインの目に映った蜂蜜色の長い髪がなびく後ろ姿は、記憶の底にしまった彼女の姿に少し似ていた。
「よく参られた」
長老の待つ、館の中央にある部屋に入ると、ゆったりとしたローブ姿の老人が立ち上がる。
呼びつけて申し訳ない、と言う長老に、自由な身なので気にしないでほしいと型どおりの言葉を返す。
そしてすぐに、今回呼ばれた用件が切り出された。
こうして長老と対面し、話をするのはすでに片手では足りない回数に及んでいる。
だが、バロンに帰るつもりはないのか、という問いはおろか、修行の具合さえ長老に尋ねられたことはない。
村に招かれた際に、晩餐に招かれることもある。だがその席で出る話は、当たり障りのない世界情勢についての話ばかりで、バロンはもちろん、エブラーナやファブール、ダムシアンの王達やその周囲の人々の話が出ることさえなかった。
それもまた、長老の気遣いだったのだろう。
カインが長老からの依頼を断らない理由も、そこにあった。
おそらく、カインが俗世のすべてとの関係を断ってしまわないように、最低限の繋がりを残してくれている。それは理解できたし、その気遣いは決して居心地の悪いものではなかったからだ。
長老の依頼は、カインの予想通り、とある村の近くに大型の魔物が出るので退治してもらいたい、というものだった。
確証は無いが、どうやら魔物の正体は、ドラゴンらしいという話があるのだという。ドワーフ達の住む地底ではドラゴンが現れることも珍しくはないが、地上では非常に稀なことだ。
試練の山まで使いに来た、白魔導士と黒魔導士をサポートにつけるので連れて行ってくれて構わない、とのことであった。
相手が竜であれば、戦わずに住処へ返してやることも出来るかもしれない。
だが、魔物が竜でなかった場合や、竜であったとしても戦いが避けられない場合も考慮し、魔導士達のサポートは有難く受け入れることにした。
明朝出立しようと話をまとめると、カインは長老の元を辞した。
今後の予定も立ったところで、カインは与えられた部屋には戻らず、館の外へと向かった。
子猫とはここで別れなければならない。せめて街の中心地まで連れて行って置いてくるべきだろうか。
いずれにせよ、先ほどカインは子猫にここで待つように告げていた。
子猫がその場所で待っていることを、カインは疑いもしていなかった。