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First Kiss
ファーストキス
「で、演習中に何があったんだ?」
パンをちぎりながらカインは向かいの席に座るセシルに改めて尋ねた。
風呂を使い、こざっぱりとしたセシルは手にしていたグラスをテーブルに置く。
「あー……うん、なんていうか、任務中って言っても、野営になるとけっこう……なんていうのかな、余裕があるっていうか、緩いっていうか」
セシルの言いたいことは理解は出来た。
この春に二人は軍の士官学校を卒業し、カインは竜騎士団に、そしてセシルは陸兵団に配属された。
学校を出たばかりですぐに任務に就くはずはない。それぞれ配属先の団で、毎日あれこれと訓練を受けていたのだが、夏になり、簡単な任務にも出るようになっていた。
そんな中、陸兵団は新入隊員も含めた城外演習を行うことになり、セシルも配属後初めての野営に臨んだのであった。
戦闘を目的とした演習ではなかったこともあり、怪我もなく無事に三日間の演習を終えて帰ってきたわけなのだが。
そもそも野営自体は学生時代にも授業の一環として何度も経験している。
実は、厳しさで言えば、そちらのほうがずっと厳しかったりするのだ。カインも最初は驚いたものだった。
「まあ、大規模な戦にでもなればまた別だろう」
「そういうものかな?」
「野営が目的の訓練だったんだろう? 新人はともかく、慣れた奴らにとっては気が緩むのは仕方がないかもな」
教官の目があり、成績が卒業後に直結する学生のほうが真剣になるというのは珍しいことでもない。所属隊での決められた固定の顔ぶれでの野営生活になると、親しみやある種の連帯感から馴れ合うような空気が生まれるからだ。
むしろカインが気になるのは、その「馴れ合い」の度合いのほうだった。
「どんな雰囲気だったんだ?」
「……けっこうお酒だの煙草だの持ち込んだりしてる人は多かったかな」
軍隊という場所に集まる人間の性質を考えれば、ままあることだろう。
とくに陸兵団は人数も多ければ、カインのような士官候補とは異なり、退役するまで歩兵のままという者も多い。
「それでカードでも持ち込んで賭け事か?」
「ああ、あれ、ただの遊びじゃなくて、賭けだったのか……」
どうやら思い当たる光景はあるらしい。
カードや賽子での賭け事、酒の飲み比べ、煙草を燻らせながらの猥談、そのくらいは当たり前に見られるはずだろう。
「どこの団でもそんなものかな?」
「程度の差はあるだろうが……似たようなものじゃないか」
セシルの問いにそう答えはしたものの、おそらく自分のいる竜騎士団は相当に上品なほうだろうとカインは思っている。
何度か野営も経験したし、緊急性のない任務であれば、火の周りで酒を飲んだりということもあった。
だが、竜騎士団にとってのカインの存在は新米の隊員という以前に、偉大な実績を残した前隊長の息子だという意識が、特にベテランの隊員達にはある。従って、酒の飲み方に始まり、そういう席で起こりがちなトラブルの避け方、果ては無理矢理に酒杯を勧められた場合の断り方に至るまでを教える場と化していることが大半だった。父親の代わりに自分達が教えてやらなくてはと考えているらしい彼らの善意を、カインとしても有り難く受け取ってはいた。
そんな、ある意味では微笑ましい環境にいる自分は良いのだ。随分と恵まれた待遇だということも分かっている。
問題はセシルのほうなのだ。
「お前は、そういうのに誘われたりはしなかったのか?」
「今のところは」
「誘われていた奴もいたんだろう?」
新入隊員の中で、という意味を言外に匂わせながら尋ねると、セシルは曖昧に頷く。
「まあね。……時間の問題だよなあ……」
セシルは出自こそ孤児とは言え、後ろ盾にいるのが国王だというのは、知られた話だ。
それもあって、今回は見逃されたのだろう。新入隊員など、賭け事にせよ飲み比べにせよ、良いカモでしかない。
「それで、酒が飲めるようになりたいって?」
「うん」
順を追って事情を聞けば、なるほどと頷ける話である。
セシルの話は大抵そうなのだ。言い出し方がやや唐突なだけで、よくよく詳細を聞いてやれば筋の通った話ではあるのだ。
「そもそもお前、どのくらい飲めるんだ?」
「さあ。ちゃんと飲んだことないし」
よくわからない、とセシルは言う。
食事の際に供される葡萄酒くらいは飲んだことはあるが、それ以上はわからないらしい。
確かに、まだ十六と十七の二人では、差し向かいで酒を酌み交わす、などという大人ならば馴染みの場面もこれまでなかった。
自分の前で飲んでいたという覚えがカインに無い以上、セシルが本格的に酒を口にする機会はなかったと考えていいだろう。
学生時代とは異なり、別々の団に所属し、異なる生活を送るようになったとは言え、時間さえ合えば今しているように食事だ何だとしょっちゅう顔を合わせているのだが、どうにも子供の頃からの延長上の遊び方をしている傾向がある。
まだ少年といえる年頃とは言え、社会に出ている男となれば、酒場や場合によっては裏通りの艶めいた店など誘惑もあるはずなのだが。
自分達は意外と真面目な付き合い方をしているのだな、と今更ながらに気付いたカインはそう思った。