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ネガイゴト
When I Wish Upon a Firework
馬車から降りると、思った以上に外は寒い。
去年もこんなだったろうか、と思い出そうとしたが、ただひたすらに楽しくてはしゃいでいたことしか思い出せなかった。
「人、いっぱいだねぇ」
カインに続いて、セシルが馬車から降りてくる。
「いい? 絶対に裏通りには行っちゃだめよ。それから」
「走らないこと。余所見ばかりしないで前を見て歩くこと。危なそうな場所には近付かないこと、だろ。わかってるよ」
母からの注意は何度も言われてすっかり覚えてしまっている。
「もう。セシルも大丈夫ね?」
「はい。行って来ます!」
生意気に答えたカインに母はため息をつく。一方のセシルは素直に頷いて元気に返事をする。
「花火が終わる頃に、またここに迎えにくるわ。気を付けていってらっしゃい」
「行って来ます」
馬車の中の母に手を振ると、二人は並んで大通りの人混みへと出発した。
ほぼ毎日通る、城の大手門へと続く大通りを二人はゆっくりと歩いて行く。
急いで行こうにも、あまりに人が多くて、ゆっくりとしか進めないのだ。もっとも、通りはいつもの様子とはまったく違っていて、きょろきょろと周囲を見回す二人には、このスピードで十分なのだ。
大通りには色々な店が軒を連ねている。装飾品を扱う店もあれば、飲食店もあるし、かと思えば骨董品を並べる店や日用雑貨を扱う店もある。
多種多様な店が、今日は特別に外で商売をしているのだ。
「ローザも一緒に来れたらよかったのにね」
装身具を扱う店の前でセシルがそう言った。
「しょうがないだろ。あいつの家はいろいろ厳しいからなあ」
「こういうの見たら喜びそうなのに」
店の外で売られているので、さほど高価なものではないだろうが、リボンや髪飾り、レースのハンカチなどが並べられていた。それを見て、セシルはローザのことを思い出したのだろう。
ファレル家としては、さすがに一人娘を夜中に遊びに行かせるはずがなく、
「花火だったらお屋敷からでも見られるもの」
と数日前に三人で遊んだ時には、ローザは笑っていた。
けれどもやはり少し寂しそうにも見えたのは、カインの気のせいではないはずだ。
「もう少し大きくなったら三人で来れるかな?」
「そうだな」
まだまだ当分先のことにはなりそうだ。
大人になったら、と一瞬思ったが、大人になったセシルやローザはもちろん、大人になった自分のこともカインは上手く想像できなかった。