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ネガイゴト
When I Wish Upon a Firework
通りの両側に並ぶ店をひやかしながら、二人は人混みを掻き分けるように歩いて行く。
去年までと同じ祭りの様子のはずだが、これまでとは全然違った光景のようにセシルの眼には映る。
今までは、祭りの日がただとにかく楽しみで、朝からずっとはしゃいでいた。
今年ももちろん、年末が近付いた頃からずっとこの日を楽しみにしていた。
祭りが楽しみで、いつものようにわくわくしていたが、今年はそれ以上にドキドキしていた。
二人きりで出掛けることになっていたからだ。
いつも昼間は子供だけで遊んでいるし、街中にだって子供だけで行くこともしょっちゅうだ。
よく知っている場所だし、慣れた場所のはずだけれど、真夜中に二人だけで出掛けるのは初めてだった。
初めての冒険に、期待と少しの緊張で、いつもとはほんの少しだけ違った興奮に心が躍っていた。
城門に近付くにつれて、人の数がどんどん増えていく。
セシルたちのように子供数人のグループもいれば、家族で歩いて行く人もいるし、仲良く寄り添う恋人たちもいれば、冗談を言い合いながら巫山戯ている若者たちもいる。
街に店を構える商人の姿もあれば、小綺麗な格好をした貴族もいるし、バロンの紋章が縫い取られた外套を着ているのは城の兵士なのだろう。
とにかく、王都の至るところから人が集まってきているのだ。
「わ……ごめんなさい」
背の低い子供では、あっという間に人混みに埋もれてしまう。
セシルはすれ違う大人とぶつかっては謝るのをもう何度も繰り返していた。
「大丈夫か?」
「うん」
時々カインが尋ねてくれる。
セシルよりもずっと背が高いカインが少し羨ましい。
「花火が始まるまでに広場につくかなぁ……」
カインがそう呟いたのが聞こえた。
あまりの人の多さと歩きにくさに、思ったほど進めていないのだ。
花火ならば、街のどこからでも見えるのだが、二人としては、城の前の広場で見たいのだ。
「急いで行けば間に合うよね?」
「たぶんな」
やや足早に歩き出したカインを追うように、セシルも急ぎ足で歩き始めた。
「……あ……わわ!」
どん!と肩が何かにぶつかった。
前から歩いてきた大柄な男とすれ違いざまに接触したのだ。
「あっ」
その衝撃で、マフラーがぱさりと地面に落ちた。
馬車の中でカインがしっかりと結んでくれたのだが、人混みで揉まれるうちに、緩んでいたらしい。
落ちたマフラーが人に踏まれたりしないように、セシルは慌ててしゃがみこんだ。
拾おうとして手を伸ばす。
「うわっ……!」
人混みの中で足元にしゃがみこんでいる子供など、大人の視界に入るはずがない。
セシル自身が踏まれそうになり、上からまるで降ってくるような、見知らぬ人の脚を避けると尻餅をついてしまった。
それでも、なんとかマフラーだけは踏まれる前に拾い上げることが出来た。
拾ったそれをぎゅうと抱きしめて、セシルは安堵のため息をついた。
毎年冬になると、カインの母エリナがマフラーと手袋を編んでくれていた。
カインとセシルにお揃いのものを作ってくれるのだ。
去年はベージュと黄色のストライプ、今年は紺地に白い雪の結晶が編み込まれている凝ったデザインだ。
寒くなり霜が下りる頃になると、
「風邪引かないようにね」
と言って、今年も編んでみたのよ、とプレゼントしてくれる。
どんどん背が伸びて大きくなる二人に合わせて、エリナが毎年のように作ってくれているのだ。
親のいないセシルには、こんなことをしてくれる人は当然だが他にいない。
セシルにとっては、とても大切なものだった。
大事なマフラーを拾い、人混みの中でなんとか立ち上がったセシルは、
「カイン」
と親友の名を呼んだ。
どうせまた自分で巻いても解けてしまうに決まっている。
先程のようにカインに結んでもらおうと思ったのだ。
だが。
「カイン……カイン、どこ?」
気が付けば、カインがいない。
セシルがマフラーを拾おうとしゃがんだ事に気付かなかったのだろう。
先に行ってしまったに違いない。
「……待ってよぅ……」
はぐれたのだと気付いた瞬間に、急に寂しくて怖くなる。
泣き出しそうになるのを懸命に堪えながら、カインとお揃いのマフラーを抱きしめたまま、セシルは人混みの中にカインを捜し始めた。