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Brand-new Day
2016 新年
酒杯を重ねながら、テーブルの上に並んだ多種多彩な料理に手を付けていく。
「さすがに用意しすぎたかしら……?」
改めて見てみれば、ずいぶんと色々なものを持ってきたなと、自分でも思ってしまった。
「うーん…でも、どうせ朝まで飲んでるだろうし。良いんじゃないかな」
「つい、昔の感覚で用意しちゃったのよね」
軽く反省するローザに、カインは
「育ち盛りはとっくに過ぎたからな」
と言う。だが、そうは言いつつも身体が資本なのは昔も今も変わらない。次々と料理に手を出している二人を見ているのが、昔からローザは好きだった。
「そういえば、その『育ち盛り』はどこに行ったんだ?」
ふと思い出したようにカインがセシルとローザに尋ねる。
「セオドア?」
「あの子は、シドのところに行っているはずよ」
「打ち上げを手伝うって楽しそうに出かけて行ったよ」
年が明けた瞬間から始まる花火の打ち上げのことだ。
「準備からあれこれ手伝ってたみたいだからね。最後までやるんだって張り切ってた」
「そうか」
「すごいもの見せてやるから楽しみにしておけってシドも言ってたんだけれど」
「それは俺も言われたな」
「あの子もシドも、詳しいことはちっとも教えてくれないのよね」
シドが何か企んでいるようなのだが、詳細を知らぬ三人は、揃って首を傾げるしかない。
一連の事件がすべて片付き、バロンに戻ったセシルが最初に手を付けたのは、飛空挺から武装を外すという作業だった。
もっとも始めに、一番始めに、戻ろうと思ったのだ。
飛空挺の開発段階から関わっていたセシルには、シドの次によく知っていたはずのことだ。
最初の計画では、飛空挺には大砲など取り付ける予定はなかった。
それがいつしか入り込んだ悪意によって歪められて、一度はその悪意を封じたはずだったのに、武装だけはそのままにしてしまったのは何故だったのだろう。
最初に掲げた理想を、今度こそ取り戻そうと思った。
そうして取り外した大砲を、どうやらシドは花火の打ち上げに転用したらしい。
「どうせだったら、めでたいことに使ってやるんじゃ。潰すのはその後でもいいんだからのぉ」
と言い、
「ワシに任せろ」
そう豪快に笑うと、セシルは融解し廃棄させるつもりでいた大砲の再利用許可を、半ば強引に取り付けたのである。
「そろそろだな」
いつも持ち歩いている懐中時計を見たカインが言った。そして、グラスを手にしたまま立ち上がる。
セシルとローザも席を立つ。
ローザが座っていた窓に一番近い席の椅子を、セシルは窓のすぐ傍に移動させてやる。そこに座り、ローザは
「ありがとう」
と微笑む。
その背後に立ち、セシルも窓の外を見た。
その瞬間。
どぉん、とまるで地響きにも似た音と揺れが届いた。
一瞬の間を置き、今度は頭上から、ぱぁんと弾ける音が聞こえ、漆黒の空が、まるで昼間のように明るくなった。
大輪の光の花が、夜空に開いた。
あっという間に、その光は地上へと向かってゆるゆると落ちて行く。
しかし、間髪を入れずに、次の花火が空に花開く。
今度は赤い花だ。
その後を追うように、周囲には黄色や白、黄緑にピンクといった様々な小さな花火が次々と打ち上がる。
「……う、わぁ……」
「すご……い」
圧倒的な迫力に、言葉を失う。
真夜中とは思えないほどの眩い光の乱舞に、目を見張る。
「……これは確かに、自慢するだけのことはあるな」
カインが呟いた言葉に、二人も同意するしかない。
「こんな大きな花火、初めて見たな」
「本当に……とても綺麗……」
口々に賞賛の言葉を述べる。
「砲身だけじゃなく、火薬も注ぎ込んだのか」
カインが呟く。独り言のようだったが、セシルがそれに答える。
「どちらかというと、砲より玉のほうが始末に困ってたんだ」
「砲台は溶かせば資材になるからな」
「ああ。火薬をいつまでも置いておくのも危ないしね。そんな話をしていたら、花火に使うことを思い付いたみたいで」
「なるほどな」
「それにしても、どうすればこんな風に出来るんだろうなぁ。さすがシドだ」
子供の頃から機械弄りが好きだったセシルは、この巨大な花火を打ち上げている装置の仕組みが気になって来たらしい。
昔、シドのところに出入りして、飛空挺の開発を手伝っていた頃の顔だ。
今のセオドアよりはもう少し大きかっただろか。
懐かしい頃を思い出し、ローザはくすくすと笑う。
同じ事をカインも思ったのだろう、彼もまたセシルを見てふっと笑う。
「……なんだ? 二人して笑って」
少年のような好奇心いっぱいの顔が、怪訝そうな表情になる。
「相変わらずだなと思っただけだ」
「そうね。セオドアはあなたによく似てるなって改めて思ったの」
「まったくだな」
カインとローザの台詞がいまいち腑に落ちないのか、セシルが首を傾げる。
そんな様子をまだ笑いながらローザは見つめる。
「ああ、そうか。年が明けたんだよな」
花火に夢中になっていて、三人ともすっかり忘れていた。
年が明けたことを知らせて祝うための花火なのだ。
思い出したようにカインがそう言うと、手にしたままだったグラスを掲げる。
「今年もよろしく」
二度目の乾杯の声と音が響いた。