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2013 ホワイトデー

 十日ぶりの故郷。予定を早めての帰国だった。
 いつもならば、時間に余裕のある限りは出迎えに来る親友の姿が、珍しく無い。
 忙しいのかと思えば、そんなことはないはずだと周囲は言う。
 きっとどこかで息抜きと称してさぼっているのだろう。
 そう思いながら、ひとまず自室を目指した。

 鍵を開け、部屋に入ると、人の気配があった。

 ――此処にいたのか。

 ソファの上で眠っているセシルの姿。
 ずいぶん前に鍵を渡していた。
 だが、留守中、部屋に入ることがあるのか、敢えて確認をしたことはなかった。
 どちらでも良いと思っていたのだ。
 周囲に気を使う性格なのは百も承知している。だから、一人になる場所が欲しければ使えば良いと、その程度に考えていたのだが。
 どうやら、それなりに役には立っていたようだ。

 セシルの眠るソファに近付くが、目を覚ます気配はない。
 静かな寝息だけが聞こえてくる。
 眠っているならば、あえて起こすことも無いだろうか。
 まだ太陽は高くにある。窓の外を見て確かめる。
 
 ふと、机の上に置かれた、ガラスの瓶が目に入った。
 
 一月ほど前に、セシルに渡したものだ。
 手に取ってみると、中身はいっぱいに詰まっている。
 飴玉だろうか。
 薄い青の、小さな玉が、瓶を振るとからんと鳴る。
 確かに、何か入れて返せとは冗談半ばで言ったのだが。まさか律儀に返してくるとは思っていなかった。 
 背後で眠るセシルを振り返り、苦笑する。
 
 コルクの蓋を軽く引くと、ぽんと小さな音がした。
 一粒、手のひらに転がすと、口に入れる。
 
 ――甘い。
 
 思わず今度は顰め面で、親友を振り返る。
 相変わらず、目覚める様子のない、穏やかな寝顔。

 忘れていったと思っていた軍服の上着を、なぜかセシルが抱えていることに気がついた。
 ローテーブルを挟んだ対面のソファの上には、毛布も畳んで置いておいたのだが。
 身体の上に掛けた上着を、無意識に抱きしめるような仕草で眠っている姿が、どこか愛おしく見える。

 甘い飴玉を口の中で転がしながら、セシルの枕元に立つ。
 頭上に屈み、寝顔をのぞき込むが、一向に目を覚まさない。

「……セシル?」

 小さく呼ぶが、返事ともつかない微かな呻き声が返ってくるだけだ。
 唇にかかる髪を、そっと退けてやる。額に落ちる髪に触れても吐息が零れるだけだった。
 
 安心しきっているのか、それとも疲れ切って眠りが深いのか。

「さすがに無防備すぎるぞ、お前」

 薄く開いた唇を奪うのは、あまりに容易い所行だった。

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